ヨガの真理先生への思い

2013年の6月にネットで近所のスタジオを検索してYoga Sala PREMALに通いだしました。

2年前ですね。客観的にみて、44歳のおっさんがいきなりヨガ教えてって来たら、かなり用心すると思います(笑)。どうかんがえても、なんか怪しいだろと(笑)

真理先生は如才なく私を遇してくれて、多い時は週3回くらい通っていました。

で、ヨガに魅了されました。レッスンの後に、なんかいい気持になるのです。
(インスラクターが全員、妙齢の女性というのもあるのかなとは思います)

そうこうしているうちに、TTC(Teacher Training Course)に参加しないかとお誘いを受けたのが、2013年の暮れですね。

正直言って、少し金策臭いなと思いました。ヨガ歴6か月くらいで、Teacherっておかしいだろと。私は、Teacherとかセンセイという言葉にすこし過剰に反応しすぎるのかもしれません。

で、TTCは一度も休まずに参加しました。

で、お約束のように真理先生に恋心が芽生えたりして、でも、先生にはロッドさんという立派な旦那さんがいるので、3日くらい死んだようになって、必死に恋心を殺しました。

で、自分としては、なんとなく身内みたいな感じの心の場所に真理先生がいて、身内ならではの先生のサザエさんっぷりに、いろいろとした心のもやもやとかでてきたりいろいろありました。

でも今では、総じて、私は真理先生をヨガの先生として尊敬しています。




自分は世間が作ってくれた作品

自分と直接関係ある人や物事含め、世界全体、宇宙全体によって自分は作られた作品だなぁという感慨があります。

作品というには、ちょっとぱっとしなくて申し訳ない気もしますが。

自分は生まれた国や周りの人など比較的環境に恵まれていたりして、今まで犯罪歴もなくすごしてこれたわけですが、これが、まったく違った所に生まれていたら、自分という作品はいまのようにはなっていなかったわけで、つくづく感慨深いです。

パリで自爆テロをせざるを得ないような作品にしあがってしまった人には、なんともいえない思いが湧きます。




もしも息子ができたら

当然、親としていろいろ教えなければならないでしょう、主にこの世でのサバイバル術です。

私が特に力を入れたいのは、いわゆる負けた時の処理の仕方です。

まぁ、敗戦処理ですね。
私は今でも、合気道で一番重要な技は受け身だと思っています。

できるだけ、私が負ける姿を数多く見せて、それを私がどうさばくのかを見せたいです。

私の実感では人生は勝ち負けつけるものではありませんが、そういう思考様式を取れば、負け8割、勝ち2割くらいだろうと思っています。

勝ちは勝ちで、勝って兜のおをしめよというようにいろいろ難しいのですが、勝ったというパワーで多少雑な処理をしてもどうにかなるのかなと思っています。

と、こんな妄想をしておいてなんですが、私には子孫を残したいという欲望が一度も沸いたことがありません。この状態がいいのか悪いのかよくわかりません。

もしかしたら、女性を本気で愛したことがないのかもしれません。