瞑想

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ヨガのMari先生が瞑想はべつに座禅を組まなくてはできないものではなく、生活のすべての場面においてできるとおっしゃっていました。そのときは、ピンときませんでした。

しかし、瞑想とは、感情が平静で、深い集中状態のことをいうのではないかと、今朝、ロックミュージックを聞きながら、瞑想をしていて気づきました。

そして、シータ先生がニュートンは科学の分野でのリシ(仙人)だったとおっしゃったことがあります。私はそれを聞いたときは、ニュートンがライバルのフックに行った所業を思い浮かべて、「でもニュートンってそうとう性格偏ってそうだけど」と思いました。

つまり、性格がどうであろうと、瞑想を行うことにより、深い洞察を得ることはできるということかと気づきました。

つまり、私が、昔、プログラミングで数時間ハック状態になったりした、アレは瞑想の一種なのではないかと気づきました。つまり、プログラミングを行じていたのではないかと思いました。

そして、本格的な瞑想とは、”何かに集中する”という心の動きそれさえ止めてしまうものをいうのかなと考えました。

気が向いたらまた加筆します。




プログラミングに恋をして

コーヒーを飲んで、ハイな状態で一気に書くので、いろいろ問題があるかもしれません。

Computerprogramming

私のコンピュータ・プログラミングおよび、コンピュータ・プログラミング言語に対する思いは、普通の人の恋愛感情に非常に近いのではないかと思います。

私が、最初にプログラミング言語にふれたのは、ゲームセンターあらしで有名な、すがやみつる先生のBASIC言語入門書だと思います。中学ころの話かな。そこで、変数という概念をしりました。

中学3年あたりで、どうしても自分のパソコンが欲しくなり、生まれて初めて、親に「これを何がなんでも僕に買って」とお願いして、親の経済状況から、すぐに買ってやれないと言われると、すねてみたりしました。

で、めでたく、富士通のFM-7を手に入れたわけです。たしか、FM-7はCPUが2つついていて、アセンブリ言語でゲームプログラミングをするにはすこし、癖があったのを覚えています。

で、そのころは主に、BASICとモトローラの6809アセンブリ言語を使っていたような気がします。

高校1年のとき、BASICで書いたゲームがゲーム雑誌に掲載されたのはすぐこうれしかったです。

で、大学に入って、エプソンのPC-286を買って、ボーランドのTurbo-Cを買った嬉しさから、セガのコラムスというゲームのクローンをC言語で書きました。

最近の若い、情報科学科のゲーム友達にC言語のバイブルK&Rといってキョトンとされたのはショックでした。

このころ、アセンブリ言語8086を勉強して、たしかに6809より言語設計が汚いなーとおもったのを覚えています。

このころ、近藤嘉雪先生に著書を通じて、私淑していました。計算量という概念を知ったのもこのころだと思います。コンパイラってなんだかスゲーなと思い始めました。

その後、C++をビャーンストロウストラップ先生の本を原書で精読して、テンプレートっておもしれーなーとか、思いましたが、ちょっとC++は複雑すぎるような気がしました。C++で正規表現ライブラリを書いたような気がします。

その後、Perlに恋をして、NetNewsに投稿される記事のプログラム片のバグを見つけられるぐらいには精通しました。いまでも、私のウェブサイトのアクセスログはPerlのCGIプログラムが動いています。

で、GNU関係で、Emacsを知って、Lispを知りました。
RMSが書いた、Emacs Lisp Manualを精読して、パッケージの開発なんかをしました。
このころは、Linuxに住んでいた気がします。

で、DelphiもGUIビルダーの恐ろしいほどのできのよさに、恋をしました。
これもObject Pascalで正規表現ライブラリを書いて、インターネットで公開してそこそこの人に使っていただきました。

そのご、Emacs Lisp界隈から、なんだか、Common Lispというすごい言語があるらしいという話が入ってきて、Common Lispに恋をしました。

そして、自分でCommon Lispの言語システムを開発して、それで身をたてようとしてSaclaプロジェクトを立ち上げましたが、コンパイラの最適化が難しくて挫折しました。

私はプログラミング関係はすべて独学で師匠に直接指導を仰いだことがありません。
やはり、独学には限界があるのかなぁというのが現在の心境です。

運が良ければ、Lispの竹内郁雄先生、湯浅太一先生、荻谷昌巳先生に弟子入りしたかったなぁという気がします。

これが、私のプログラミングへの恋話を短くまとめたものです。

気が向けば加筆します。




お金は放射性物質?

ネットで読んだ話か、自分が考えた話か忘れましたが、英会話のリア先生とタイのお坊さんの金銭的堕落について話した時にしたら、面白い考えだと言ってくれたので書きます。

私は、別に、「お金って汚い」とかそういうことを言いたのではないです。私もお金がすごく欲しいです。ただ、お金は扱いに注意を要するということを言いたいのです。

我々は、日々、ある程度は放射能に被爆しながら生きています。

同じように、我々は日々、生活に必要なお金を使って生きています。

しかし、ひとたび、大量の放射性物質を手に入れたら、いろいろな問題が発生します。周囲の人への影響とか、自分が被爆して病気になるとかもろもろのことです。

でも有効利用もできるかもしれません。

私は、お金もそういう性質があるのではないかと思っています。金を大量に手に入れたら、まず自分が金の影響を受けてしまうでしょうし、周囲への影響もあります。

気が向いたら加筆します。

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