無事に母を送ることができました

苦しまずに行ってくれたことに安堵しております。

みなさん、特に横須賀の医療関係者をはじめとするみなさんには本当にいろいろお世話になりました。あらためて、ありがとうございました。

いまは役所関係のペーパーワークをポツポツと処理し始めています。

母が転院

今日、母が転院して移動とかいろいろ手続きとか半日がかりでやって、いま頭がまたシビレテいます(笑)

いや~、疲れたなと…

NHKラジオ英会話を聴いているとなごむ

今週は母の介護関係でちょっとしんどくて月曜日からまったく聴いていなかったのですが、いまいろいろおちついて聴いてみたら、こわばったココロがなごむのが自分でもわかりました。

まぁ、わたしは英語が本当に好きなんだなと思いました。

母が帰宅

それはいいとして、病院生活で足が萎えてしまってひとりで立ち上がれなくなってしまっているという…

いや~正直いろいろ疲れました…

また痺れた頭をいやすのに黒い砂漠モバイルで釣りする日々になりそう…

介護にキレイゴトは通じない

まぁ、フツーに生きてればキレイゴトは通じないってのは、みなさん知ってますよね…

わたしは現在の欧米の文化のおもしろいところと思っているのは、”キレイゴトを言うのが好き”ってところだなと思っています。

字面では反論しようもないようなコトを言うのですけど、「いや、そんなキレイゴトは通じないだろ(笑)」ってみんなが思うような…

介護士&用務員はつかれる

最近のわたしの生活はあきらかに用務員とか介護士としてとらえることができると思います。

用務員としては町内会の班長とか、家の修繕&掃除、食料の買い出しなどなど…

そして介護士としては母の付き添いとか話し相手とかです。

いや~、つかれるなぁ~という感想です。そんな疲れがとれるのが風呂です。風呂はいいなぁ~という…

風呂にはいれるのがうれしい

(バーチャルで)釣りをしているとなごむ

姉がちょっと旅行に行ったので、わたし独りで母のお世話をさせてもらっています。

最近の母は認知症からくるロックな言動が目立つので、樹木希林さんがたぶん旦那さんを”ユウヤ”と呼んでいたのと同じ感じで、私と姉は母のことを”アケミ”とか”アケミちゃん”と呼んでいるんですが、いや~久しぶりに独りでお世話したらやっぱり精神的な負担がハンパないっすね…

そのときココロに引っかかる、あるひとつのことへのコダワリがつよくなるとか、あと短期記憶がすごく衰えてしまっているので、まったく同じことをずっと繰り返すとか…

わたしはわたしで神経系の持病があって、極度に精神的に疲れやすいという側面もありますけど、ほんと自分の親をちゃんとお世話するってタイヘンだなという…

という一日が終わって、黒い砂漠モバイルというゲームを立ち上げて、まったり釣りをしているとスゴクこころがなごみます…(ゲーム内で釣りイベントをちょうどやってて、ゲーム内通貨も儲かるし(笑))

バーチャル・ペット

Youtubeチャンネルのmugumogu というところで、ネコの生活動画が多くアップロードされているのですが、認知症の母に視聴させたところいたくお気に入りの様子でした。

こういう猫がくつろいだり遊んだりの生活風景は昔なら自分でペットとして飼わないとみることが難しかったですが、いまはリビングの大きめのテレビでずっと流していると、ちょっとしたバーチャル・ペットとといった感覚です。

母はどうやらリゾート地の映像とかより生き物に反応するっぽいので、犬の動画とかも見せてあげようと思っています。

異常な精神的疲労

いま母が入院していて、実際ならすこし精神的に楽になるはずなんですが、病院に見舞いに行く度に異常な疲れを感じるようになりました。

たぶん私は病院の雰囲気みたいなのが合わないと思うのですが、おとといは呼吸が荒くなるほどの疲労を感じて、母との会話もそこそこに帰ってきてしまいました。

感情的に悲しいとか怒りとかいっさいなく平常心なのですが、疲労で首筋がシビれるような感じになって、呼吸もあらくなります。

まぁ、まいったなと…姉が実家にもどってくれたのでなんとかなってますが、姉がいなかったら母には施設に入ってもらうことになったかもしれません。

疲労がとれればいつも通りのハッピーヘラヘラ野郎になるんですが、どうしたものかと…

まぁ、介護しているほかの方とかも同じような苦労をしているのだろうなと、同病相憐れむ的な…

認知症の母に適応しはじめています

感情面でどうこうはなかったのですが、一時は精神的疲労が激しすぎて塾で教えるのを泣く泣くやめざるをえなくなったりしました。(疲れがピークに達したときは変な色の尿がでました)

それがだいたい一年弱くらいお世話させてもらっているうちに適応しはじめたみたいで、激しかった精神的疲労と皮膚病の悪化がとまったようです。

ただ、町内会の班長や家事とか食事の買い出し、病院への付き添いなどなどけっこう忙しくしています。

いちおう家族内での短期目標としては、来年のオリンピックを家族そろってテレビで楽しむということになっています。

この世をゲームにたとえるとします

この世をゲームに例えること自体の是非はいまは問わないものとします。

ふつうゲームにはある種の終了条件があることが多いのですが、まず往生してしまうのは、この世に終了条件や勝利条件というものがあるのかどうかさえ分からないという点です。

「あなたがこの世にいま存在する意味を(もしくは無意味であることを)あなた自身は知っていますか?」

この問いに即答できる人はたぶんいないのではないでしょうか。ここらへんは、アンドロイドなんかが現実的になれば、

「ワタシハ、ニンゲンにホウシすることをイトしてセイゾウサレマシタ」

みたいな答えをするのでしょう。

映画:バニラスカイ

私は自分がこの世に生まれた意味(や意図)みたいなものがあるのなら、それに従うかどうかは別にして、ぜひ知りたいものだと思っています。

私がいまある種の天命じゃないかと感じているのは、”母の世話をすること”です。たぶん私が17歳のときに父が亡くならなかったら、若いころアメリカへ渡っていたと思います。いま、老いて認知症になった母の世話をすることに父との暗黙の約束を果たしているというある種の満足感を感じています(タクシーでクソもらされたりとかいろいろしんどいものの)。

もうちょっといろいろ書けるつもりだったのですが、気が向いたら加筆します。

自宅介護士

いや~、私は相手にあわせてしまうタチなので、ADHD(注意欠陥多動性障害)を持っているアメリカ人の友人が1~2週間くらい自宅にステイしたときも特に変わった人とは思わなかったのです。

そんな私でもうすうすあやしいなと思っていたんですが、母が通っている人工透析クリニックの担当看護師さんからのすすめで母をそういう病院へ連れて行ったら、中程度の認知症だそうです。

これは自宅警備員ならぬ、自宅介護士だな…。

というわけで、去年の暮あたりから私の精神的負担が増えて後頭部の円形脱毛とか皮膚病の悪化も激しかったので、残念ながら塾講師はやめました…

いちおう、母のお世話はするというのが、亡き父との間の男同士の暗黙の了解だなと思っているのでしょうがないですね。