操ると導くの差

認知機能の高い、つまり、端的に言って頭のいいある友人が、いかに自分より認知機能の劣る女性の心を操ることができるかを力説していたことがありました。

まぁ、その友人はその女性のためを思って、”説得”したわけですので、私利私欲のためではありません。そして狙った効果を得られたようで、女性の生活が安定しました。

私は、”人の心を操ってやろう”という料簡自体が卑しいと感じています。また、長い目で見てそういう目論見が自分の思った通りの結果をだすかどうかを疑っています。

また、よかれと思って”導こう”としたとしても同様に、”良い結果”を得られるかどうかを疑っています。

私にできるのは、自分はこうしてこうなったという”報告”をすることだけです。

つまり、”善意で導く”も”悪意で操る”も長期的にみると結果にさほど差がでないと思っています。

ただ、盲目の人に対してはこちらが目が見えるなら、サポートをしたくなるのが人情ですね。

Do not judge, or you too will be judged.  For in the same way you judge others, you will be judged, and with the measure you use, it will be measured to you.

Why do you look at the speck of sawdust in your brother’s eye and pay no attention to the plank in your own eye? How can you say to your brother, ‘Let me take the speck out of your eye,’ when all the time there is a plank in your own eye?  You hypocrite, first take the plank out of your own eye, and then you will see clearly to remove the speck from your brother’s eye.

信じることの不可思議な力

格闘技システマの指導者(元傭兵か軍人)の言葉だったと思うのですが、信仰がある傭兵のほうが体感では生存率が高かったということを聞いたことがあります。

その信じる力の不思議さは私も最近体験していて、まぁ、たんなるコンピュータ・ゲーム攻略での話にまでいっきに格が落ちますが(笑)。

Darksouls3というゲームを去年プレイしていました。アクションRPGでプレイヤーは死んで攻略法を見つけていくという”死にゲー”と言われるジャンルの本流の作品です。

で、私も何度も死にながら、どうにかこうにかゲームを進めていったのですが、どうしても、ラスボスのひとつ前のボス(兄弟二人を倒さなければならない)が倒せない。

ここで、私の基本信念は”RPGの敵はこちらのキャラのレベルを十分上げていればいずれ勝てる”です。これはゲーマーとしてRPGをプレイしてきたことからくる信念です。

でも、はっきりいって10レベルくらい上げたって、自分のキャラクターは数値的にはそんなに強くなっているとは思えないんですね。

とはいえ、この”レベルを上げることによるキャラの強化”を信じてコツコツレベルを上げるわけです。その間に何度も当該ボスにもチャレンジして討ち死にしています。

ここらへんで、試行錯誤が発生して、Youtubeで当該ボスの撃破動画を検索して参考にしたりしだします。

私のキャラクターは重装甲で防御し、巨大な両手斧の大ダメージを、殴られながら叩き込んでいくという、タコ八郎師匠のボクシング現役時代のような戦法でした。

今でも面白い現象だと思うのは、魔法使い系のキャラクターによる攻略動画で、布の服を着て一撃もくらわずにそのボス敵を倒している人のものを見たとき、”自分もできそう”と思ったんですね。

”なるほど、一撃も食らわないんだから鎧を着たりする必要もないのか”

と考えて、乞食みたいな恰好をして回避性能を上げてプレイしだして数十回当該ボスに挑んで、あと3発攻撃を当てれば倒せていたというところまでいきました。

“できそう”と思って信じて練習していると実際にできる方向に物事がすすんでいくこの感じは面白いなとおもいます。

結局、最終的には、普通の人がレベル80前後で攻略するところを私のキャラクターはレベル130くらいにまでなっていて、装備は中程度の防御と巨大両手斧でクリアできました。

この世の基本原理は(残念ながら)弱肉強食であるということ

2018年のいま現在、フランスやフィンランド(かな)なんかがロシアの動きを警戒して徴兵制を敷くなんてニュースもちらほらと聞きます。

私も一応、今年49歳になりますから、そこそこ、この世のベテラン・プレイヤーになるかなということです。

基本的に”この世”はこういうものとか、したり顔で言う人はニワカだなと今でも思っています(もちろん私も含めて)。

いまだに、”なにがなんだかわからない”もしくは”全部茶番”というのが私の正直な”この世”観です。

そこをおして、何かこの世の基本原理を言ってみろと言われれば、

”弱肉強食”

としか言えません。

今頃気づいたのかと言われれば、汗顔のいたりですが、力愛不二とか、自由・平等・博愛とかそういうものが出てくるには、まず、勝たなくてはならない。で、そういうものは、いろいろな意味で”勝った者のたんなるお楽しみ”以上ではありえないと思います。

“勝てば官軍”とはほんとうによくいったものだと思います。