煩悩を原動力とした社会の限界というか破綻

だいたい経済をギャンブルにしている金融システムはやりすぎやろって感じです…

仕切っている連中はシステムを維持できるの??って…

そして煩悩の行き着く先がロリータ・アイランドってもうね…バカかと…

支配層(がいるとするなら)の仕切りが悪い…
マネーゲームの”マネー”はなにかがヘンな感じ
究極の大人(おとな)とは
神に対峙する(人間である)仏陀

こわせばいいってもんじゃない気がする…

よく「体制の打倒!!」みたいなことをスローガンにしている活動家の方たちがいるようですが、打倒したあと、以前より悪い体制ができたら本末転倒ですよね…

結局、あんたら自分がエラくなりたかっただけだろとか…

バカが世の中いじるとややこしいことになる

「じゃ、フランス革命は??」みたいに詰問されたら、「へへへ…」という…

天智天皇…

天智天皇(てんぢてんのう、てんじてんのう、626年〈推古天皇34年〉- 672年1月7日〈天智天皇10年12月3日〉)は、日本の第38代天皇(在位:668年2月20日〈天智天皇7年1月3日〉- 672年1月7日〈天智天皇10年12月3日〉)。

諱は葛城(かづらき/かつらぎ)。一般に、中大兄皇子(なかのおおえのおうじ / なかのおおえのみこ)として知られる。

Wikipedia 天智天皇

中大兄皇子(なかのおおえのおうじ / なかのおおえのみこ)といえば、大化の改新ですよね…

大化の改新(たいかのかいしん)は、皇極天皇4年(645年)6月14日の乙巳の変に始まる一連の国政改革[1][2][3][4]。狭義には大化年間(645年 – 650年)の改革のみを指すが、広義には大宝元年(701年)の大宝律令完成までに行われた一連の改革を含む[1][2][3]。改革そのものは、天皇ではなく、皇極太上天皇とその親友とされる中臣鎌足(内臣)の主導のもと、年若い両皇子(中大兄大海人)の協力によって推進された。

この改革によって豪族を中心とした政治から天皇中心の政治へと移り変わったとされている。この改革により、「日本」という国号と「天皇」という称号の使用が始まったとされる。また「大化」は日本最初の元号である。改新の歴史的意義や実在性については様々な論点が存在し、現在でも大きく見解が分かれている[1][4]

Wikipedia 大化の改新

まぁ、大化の改新で天皇制を土台とした”日本”がはじまったとざっくり考えられるのかなと…

で、大化の改新のきっかけである中大兄皇子による蘇我入鹿の暗殺が行われた乙巳の変ですけど…

乙巳の変(いっしのへん、いつしのへん、おっしのへん)とは中大兄皇子中臣鎌足らが蘇我入鹿を宮中にて暗殺して蘇我氏(蘇我宗家)を滅ぼした飛鳥時代政変。その後、中大兄皇子は体制を刷新して大化の改新と呼ばれる改革を断行した。蘇我入鹿が殺害された事件を「大化の改新」と言う場合もあるが、厳密にはクーデター「乙巳の変」に始まる一連の政治制度改革が「大化の改新」であり「乙巳の変」は「大化の改新」の第一段階である[1]

Wikipedia 乙巳の変

むぅ…、のちの天皇がクーデターで権力をとったって、いま考えてみると新鮮というか、やっぱり結局は暴力なのかという…

我々は戦闘民族の末裔であるということ
釈迦もダンプカーでど~んとはねれば死ぬ問題