12月20日(日)POWER TO THE PEOPLEデモ

わたしが普段から応援している朝堂院大覚総裁も出演なさるようですね。

朝堂院大覚総裁(JRPtelevision)のキャラが濃い

いまのテレビの報道などにわたしはかなり違和感を持っていることは事実です。

持病の都合で参加できるとは言い切れないですが、当日に体調が良いようならフラッと行ってみようかなと思っています。

戦争で負けた国のほうが栄えるってのは原理的にナイ

国を治める主体としての権力中枢が、手下の国民に命懸けで戦わせて、せっかく勝ったらこんどは、勝った自国に有利なように負けた国をコントロールしたいって思うのが人情じゃないでしょうか。

わたしは歴史はうといほうですが、昔は人種が違う場合、負けた国の民は基本、皆殺しか奴隷になっていたはずです(あと追放とか…)。

暴力(混沌・カオス)に対抗するモノとしての武力(秩序・オーダー)

まぁ、われわれが3次元のこの世にとりあえず存在する以上、物理的な暴力には物理的な武力で対抗するほかないでしょうという結論です。

ガンジーは一発芸
釈迦もダンプカーでど~んとはねれば死ぬ問題
神、儒、仏の習合としての武士道

国家にも武士道精神を

 悪魔勢力に操られていたGHQは、戦後の日本において、「道」と名のつくものすべてが対象となる「武道禁止令」を出しました。ですから剣道まで全面的に禁止されたのです。そんな中、笹森(ささもり)順造(じゅんぞう)と言う国会議員が、剣道を復活させようとGHQと交渉を重ねました。彼自身も剣術家であり、彼はGHQに掛け合い、「剣道は人を殺すことを目的に技を磨くのではなく、その最終目的は、人と人がお互い戦わなくても済むように剣を置くことだ。剣道とは日本の精神的、歴史的な文化である」と説きました。すなわち笹森氏は「剣道とは武道であり、武道とは活人剣である」と説いたわけです。

 しかしGHQはこの申し出を聞き入れず、遂には、「では、実際に試合をして、お前の言っていることを証明して見せろ」と言ってきました。つまり「試合してみせて、本当に剣道が人殺しの道具ではなく、平和の道具であるその証明を見せろ」というわけです。

 そしてGHQは、米海兵隊の中で最強の男を選び出して、日本人との試合を提案しました。しかし米兵は本物の銃剣を使い、対戦相手の日本人を殺しても構わないが、しかし日本人は木刀を使い、防具も着けさせない、「剣道が活人剣であることを証明しろ」と、何とも酷い条件を突きつけてきました。

 しかし笹森氏は、このGHQの条件を潔く受け入れて、そして國井善弥(くにいぜんや)という一人の侍を選びました。國井善弥は、鹿島神流の十八代の宗家です。鹿島神流とは茨城県の鹿島神社に古くから伝わる古武術流派であり、彼は「今武蔵」とまで呼ばれていました。

 そして侍と米兵との間で、日米の誇りをかけた戦いが行われました。体格の大きな米兵は本物の銃剣を手にし、國井は木刀を手にして対峙しました。米兵は殺気に満ちていたそうですが、一方の國井はいたって冷静で、静けささえ漂っていたと言います。

 國井が礼をして、木刀を中段に構えようとした、その次の瞬間、米兵は銃剣を國井の喉元目がけて突きだしてきました。しかし國井は半歩下がってこの攻撃を見事にかわしました。すると米兵は、そのまま突進を続けなが210ら銃剣を回転させて、國井の側頭部を銃剣の底で打とうとしました。屈強な米兵による重く硬い銃底での即頭部の殴打、もしもこれが当たれば即死です。

 しかし次の瞬間、國井は半歩前進して、この銃底の攻撃をまた見事にかわしました。すると今度は逆に、突き進む米兵の後頭部に柔らかく木刀を当てて、そのまま突進する米兵の力を上手く利用して、相手を床に押し倒してしまいました。殺気立つ米兵は、四つん這いになって床に手をつきました。さらに冷静な國井は、そのまま米兵の後頭部を木刀で柔らかく押さえました。四つん這いになった状態で、上から頭を体の内側に向けて押さえつけられると、人間は身動きができません。

 「勝負あった!」の声がかかりました。すべてが一瞬の出来事でした。國井善弥という侍は圧倒的な実力差で、一切相手と剣先を合わすことも、相手を傷つけることもなく、見事に海兵隊最強の米兵を制してみせたのです。すなわち彼は本当に、「剣道は人殺しの道具ではなく、平和の道具であり、活人剣を目的する」ということを証明してみせたわけです。この事実は、GHQ内部に衝撃を与えました。これがきっかけで、「武道禁止令」が解除になった、と言われています。

 しかし戦後の七十年の様々な洗脳工作によって、武士道は解体されてしまいました。その結果として、「日本人が暴力と武力の違いが分からなくなった」という悲劇があります。「暴力」とは、何も生み出すことのない破壊の力であり、憎むべき悪であり、何としてでも拒否していくべきものです。しかし「暴力反対!」とか、「暴力が嫌いだ!」とか、「平和が大切だ!平和を求めよ!」と、いくら声高に叫んだところで、理想だけでは暴力は無くなりません。やはり現実には警察が必要であり、そして世界は未だに戦国時代の様相があります。

 ですから「暴力」を抑止し、拒否するためには「武力」が必要です。そして「武力」とは、「武」という文字が、「戈ほこ(矛)を止める」と表記するように、そして「戈」とは、古代の中国で使われた戦争の道具であるように、「戈を止める」とはすなわち、「暴力を止める」ということに他ならないわけです。

 つまり真の剣道・武道の極意が、「人を生かす剣」、「活人剣」であるように、武士道および武道の中で得られる「武力」とは、その憎むべき「暴力」を抑え、平和を守って人を生かすための力のことを言うわけです。

 合気道の達人である塩田剛三という武道家は、弟子に合気道の極意とは何かと訊かれて、「合気道の極意とは、自分を殺しに来た人間と友達になることである」と述べています。また合気道には試合さえ存在しませんが、その合気道開祖の植芝盛平という方は、「合気とは愛気であり、宇宙と調和することが大切である」といったことも述べています。すなわち「暴力」というものが破壊する力であるのに対して、「武力」とは調和の力なわけです。そして武道とは、そうした調和の力を磨くために、心技体を鍛錬するものなわけです。

 包丁が人を殺める道具にもなれば、料理を作ることで人を生かす道具にもなるために、包丁そのものは価値中立であるにも関わらず、しかし戦後の日本は、武士道および武道が廃れたことで、結果的には「包丁は悪である」といった結論を導き出してきました。

 単純に言って、武器商人でもある悪魔勢力に動かされるアメリカが、世界の指導国であり、米国に続く中国が暴力的であるために、未だに世界は核兵器をはじめとする軍事力に基づいて動いているのです。ですから日本が繁栄の扉を開き、日本がアメリカを超える指導国になれば、世界はより美しくなると言えるでしょう

一般社団法人武士道コロナから世界維新へ
与国秀行さんを応援しています
武士道と縄文はいまわたしのキーワードです

マトリックスから醒めてみる??

いまの世の中でフツーの感じで暮らしているひとたちは、ある種のマトリックス(映画のアレみたいなヤツ)にいるとたとえることができます。

世の中はこんなモノとか、社会通念とかいろいろなココロの中にある枠です。

で、そういう枠がわれわれが暮らしているなかで自然発生的にでてきたならまぁ、そんなもんかという気がしますが、わたしの感じるところでは(わたしの言葉でいう)”操作系の人たち”がかなり操作しているなという感じです。

まぁ、わたしにはそう見えるってだけで、必ずしもそれが悪いことだと主張するつもりもありません。

映画マトリックスで、ほんとうの現実に耐えられなくて、あえてマトリックスに戻ることを選択したサイファーって登場人物がいるのですが、わたしはサイファーのことが結構好きで、責める気になりません。

サイファーさん、お肉はおいしいですか…
いまごろ映画マトリックスの感想
映画マトリックスのネブカドネザル号風味の椅子
世の中変えるつもりがないなら、ヨガとか仏教なんかやめちまえ!

サル山社会からスーパーフラットな社会に(なれば私が生きやすいw)

まぁ、ヒトはみな平等ってことでいいのでは?ってのが最近の感慨です。

人間の価値

まず、法治国家としては”法の下の平等”なんてゴールはわかっているわけです。(ただ現時点で、法律の運用面で上級国民は罪が半分、平民はそのまま、ヤクザは罪が2倍とかあるわけです。)

だれそれはエライっていうピラミッド型(サル山)の社会をいつまで続ける気なのかなと…

釈迦の失敗の原因のひとつはブッダをいちばん上に置いてしまったこと

わたしの現在の心境だと、”エライ人”ってのは存在しなくて、個々の”エライ行為”があるだけかなって感じています。やくざだってエライ行為をすることはあるわけです。(完全な悪人っていうのは、完全な善人ってのと同じでほぼいないでしょう)

支配層全員が死ぬ気で決意すれば戦争はとまる

やっぱりどう考えても戦争を身内同士の問題解決に使うのはイカれている
戦争の異常さ(わかっちゃいるけどやめられない)
平和をただ願うだけの人はうっとりするほど無力

中央銀行制度という病(やまい)

各国の中央銀行が私企業で、その株を私人(私企業)が所持しているって”事実”で十分ですよね。

“歴史的経緯”とかなんとかいうこともできますけど、なんらかの”利得”がないのに、中央銀行の株主をやりますか?

国を変えるにはカネがいる

プーチンさんが自分への反対者をどんどん殺そうとしている件

ロシアの野党指導者ナワリヌイ氏がこん睡状態に 「毒を盛られた」可能性も

ロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏(44)が、体調不良を訴えて入院し、こん睡状態に陥った。毒物を盛られた疑いがあると、同氏の広報担当者が20日、明らかにした。

BBC NEWS

この事件の前にも、なぜかプーチンさんにたてついた人たちが暗殺されたり、されかかったりということが連発しています。不思議だなという(笑)

いや、”王”としての判断でやっているんでしょうから、わたしごときがなんか言うつもりもないですけど、やっぱり最終的に”邪魔者は消せ”っていうのが最強の問題解決方法なんだなという…

やっぱりどう考えても戦争を身内同士の問題解決に使うのはイカれている

でも、「オレのドレイになるか?拒否するなら殴るぞ」ってそういうヤカラみたいな考え方の国々が実質的な世界のリーダーであったことが現在の文明の悲劇だと思います。

あと、人類は身内同士って意識が欠如していて、”われわれは仲間だけど、あいつらは家畜”みたいな考え方のひとたちがどうやらいるようで、えぇ…という

あいつらは文明程度も劣っているし、肌の色も濃いから支配していいんだって来られたら、死に物狂いで抵抗するのもアリ

格差の拡大

中国共産党に統治されたらもっとしんどくなる

現在の中国でも経済的な豊かさを謳歌している富裕層の方たちもいらっしゃるでしょうけど、大きく見たときに中共は国の統治の仕方が荒いという印象をわたしはもっています。

あと中国の富裕層がかならずやっているように感じられるのが、イザってときアメリカとか別の国にバックレル準備をしてるっぽいですよね。つまり、中国に骨をうずめる気はないっていうか、いつか国が乱れるって予感をもって準備していると。

いちおう欧米流の建前としての民主主義とか人権とかそういうキレイゴトはやっぱり崩しちゃいけない気がします。まぁ、そんなふうに横須賀のおっさんは感じています。

ロスチャイルド一族らが味わってきた数百年間の地獄とは!?

一般常識としてのユダヤ人差別というものがあるのは知っていましたが、エゲツない目にあいましたね。同情します。

うっすらとですがここら辺のことを知っていたので、若いころから私のなかで、ユダヤ人のスゴイ人にはかなわないという感じがありました。”生き残る(サバイブ)”ということに真剣というのはなんとなしに感じていました。

特別会計…

上記の苫米地博士の本はわたしも買って読みました。

特別会計の財政規律の緩みを指摘した2003年の国会答弁「母屋(一般会計)でおかゆを食っているのに、離れ(特別会計)ではすき焼きを食っている」は政界で語り継がれており、細田博之元官房長官は「本質をつく言葉を知っていた人だった」と語った。

朝日新聞 “「母屋はおかゆ」答弁、政界の語り草 首相ら塩川氏悼む”

特別会計は闇が深くて、石井紘基衆議院議員暗殺なんかもありました。

石井紘基衆議院議員…

いつになっても、結局は暴力ですね…残念です…

あいつらは文明程度も劣っているし、肌の色も濃いから支配していいんだって来られたら、死に物狂いで抵抗するのもアリ

というタンカを切るには、わたしはちょっとクタビレてしまいました。

ただ、あそこで日本人が発狂して立ち向かわなかったら、いまのアジアはどうなっていましたかっていう…(だいたい、黒船ってなんすかアレ、強請、タカリと変わらんでしょ…)

まぁ、ドレイの幸福ってのもあるといまは思っています。

あと、おれたちの文明やテクノロジーのほうが強いからなにやってもいいってそれはそれでいいですけど、そのテクノロジーで自滅しそうじゃねぇかっていう、まさにバカの極み…

なぜ日本はアメリカと戦争をしたのか
戦争の異常さ(わかっちゃいるけどやめられない)
勝てばいいのかという問題

ダボス会議:グレート・リセット

世界経済フォーラム(WEF)は3日、2021年1月に開催する年次総会(ダボス会議)のテーマを「グレート・リセット」にすると発表した。世界的な新型コロナウイルスの感染が広がるなか、資本主義を軸とする既存の体制には不備も目立つ。

日本経済新聞: 資本主義の「リセット」議論を WEFシュワブ氏 21年のダボス会議テーマに

世界のリーダーによる経済会議(いわゆるダボス会議)の2021年の議題が「グレート・リセット」だそうで、”どんな具合に”リセットされるのか興味津々です。

アヘン戦争

上記動画を視聴してみると、イギリスなりのアヘン戦争の解釈ってのがたしかに成り立つなぁと感嘆しました。

なんだかんだいっても結局、生き延びているものたちでよろしくやらざるをえないわけで、まぁ、しょせん不完全なニンゲンのやることっていう…