認識系はいじれる

あなたがある場所に監禁状態であるとします。戦争で捕虜になったと考えてみてもよいです。で、一日中、地面にデカい穴をスコップで掘らされて、穴が大きくなったら、それを元通りに埋めるという作業だけをさせられると。

聞いただけで、ひどい拷問だと思う方もいると思います。ただ、あなたがココロの中で

「俺はいまヒョロガリで非力なので看守とたたかっても制圧されるだろう」

「この苦役を肉体のトレーニングとして利用して、いつか看守をノックアウトしてここから脱出しよう」

こう決意したら、毎日のくだらない無意味に思える苦役が、とたんに、希望につながる重要なトレーニングとなるはずです。

これは一例にすぎず、ほぼ無限に現在の行為に意味づけを与えてあげることはできます。

哲学書「認識の彼岸」クラウド・ファンディング開始のお知らせ

ヨガの修行したい…

からといって、自分の好きなようにはいかないのが浮世のキビシサですね…

私が信頼できる師匠をまず見つける必要があるし…まぁどこの国の人でもいいのですけど

で、修行してどうなりたいのってことですけど、わたしが感じているこの世に対する違和感が多少は解決されるような気がします。

わたしは基本的に知りたがりなんで、この世ってなんなのコレっていう大きな疑問をいまだに持ち続けています。

修行が進むと生きている実感が増すはず

ネットのどこかで、「仏教は人工的に修行で離人症を起こすモノ」ということをおっしゃっておられた方がいました。

離人症(りじんしょう、: Depersonalization)とは、自分が自分の心や体から離れていったり、また自分が自身の観察者になるような状態を感じること。その被験者は自分が変化し、世界があいまいになり、現実感を喪失し、その意味合いを失ったと感じる。慢性的な離人症は離人感・現実感消失障害 (DPD)とされ、これはDSM-5では解離性障害に分類される(DSM-IVの離人症性障害)[1]

Wikipedia 離人症

わたしはヨガや仏教にハマってから、3日間にわたる固形物の断食をしてみたり、

断食のススメ

熱心にヨガのポーズを毎日してみたり、

出来た!シルシアーサナ/ヘッドスタンドポーズ/三点倒立

で、最終的にいまはおもにヨガや仏教の哲学の部分を参考にしています。

ヨガのバイブル:ヨーガ・スートラ
仏教入門

で、離人症みたくなるかというと、私の個人的な感想ですけど、以前より主体的に生きている感じがハンパないっすね。あと激しい感情の起伏はないです。精神的に疲れるってことは持病の都合でありますけど。