釈迦が断言、「煩悩に屈するぐらいなら我は勇ましく戦って死ぬ、このさい生死は問題ではない」

タイトルのようなことをスッタニパータかダンマパダで読みました。

まぁ、釈尊は自分の中の煩悩の存在に気づき、戦いを挑んで勝利したので仏陀になりました。で、こんどは他人にも煩悩と戦えとけしかけたわけです。

自分は自分の王・女王であるということ
自灯明・法灯明
死を前提として輝く生

われ思うゆえにわれあり?

諸法無我とアートマン

まぁどっちでもいいんですけど…

あんまり我が強いと、その我によって苦しむでしょという…

映画:バニラスカイ

それとか、それってほんとうに”アナタ”ですか??とか…

時空間のそと

大昔のわれわれ人類はまずなんとなく、どこまでも大地や海はひろがっているのかなぐらいの認識だったのではないでしょうか。そして、大地や海はとうぜん平面だとおもっていた時期です。結局、大地や海というか地面はデカい球であることを発見しました。そして宇宙空間というものを知りました。いまココでとまっています。

時空間のソトというと、まず空間がないんですからソトっていうのはすこし違いますが、いまわれわれが知っている時空間(宇宙)だけがワレワレを取り囲むなんらかの仕掛けのスベテとはわたしは思えません。

いま流行りの仮説としては時空間はバーチャルなシミュレーションでしかないとか、いろいろな可能性があるのではないかと思います。

この世のすべては虚妄である
いまごろ映画マトリックスの感想

シミュレーション仮説は釈迦が言葉ににおわせた感じとか色即是空・空即是色と相性が良いです。

デスクトップ上の知性体

上記エントリのような、われわれがデスクトップ上をセコセコと動き回ってPCの電源を落としたら消えてなくなるような儚い存在であるとしたら(われわれの体感では何千億年とかかもしれませんが…)、その状況にたとえわれわれが気が付いても現状はいっこうに良くならないのかなと思います。

現在の地球の状況が良いほうに転じる(まぁわたしが勝手に状況が悪いって感じているだけですが(笑))には、ワレワレの本体とかタマシイみたいなのが、この世と別に実はあるんだみたいなシナリオじゃないとと思います。で、ちょっとこの世にきているだけみたいな…

この世が壮大な茶番(悪い冗談)であってほしいなという気もしています。

釈迦がひとに言わなかったより大きなこの世の外側の枠組みを悟っていた可能性