なぜ √2 × √3 = √6 か

中学生レベルの数学の話題です。

結論から言って、$$\sqrt{2}\times\sqrt{3}=\sqrt{6}$$ で、√の中の数字を掛け算してやるのが正しいのですが、そこには数学だけあって、なぜそうなのかという理屈があります。

√2 × √3 = √6 だけ計算できて、なぜそうなるのか説明できない状態は、車の運転に例えると、運転はできるけど、なぜアクセルを踏むと車が動くのか、それはエンジンがあって…という理屈を理解していない状態です。

テストで今より点をとるには、運転だけできればいいという状態の生徒もいますが、より発展的な問題を考える必要のある生徒には、この「なぜ」まで教えています。

まず√2 は 1.41421356….とか√3 は 1.7320508…. とか、無限に続く少数です。そして、日本語で表現すると、

「√2とは2乗すると2になる正の数」
「√3とは2乗すると3になる正の数」

と言えます。

これを数式で表すとと

「(√2)^2 = 2」

「(√3)^2 = 3」

となります。

なぜ、2乗すると2になる正の数と2乗すると3になる正の数を掛け算すると、結果が2乗すると6になる正の数になるのか…。けっこう謎ですね。

で、$$\sqrt{2}\times\sqrt{3}=\sqrt{6}$$ をよく見てみると、
右辺は2乗すると6になる正の数。そしてそれと=なので左辺も2乗すると6になるはずと数式は訴えています。

※ 「ルートのからむ問題でつまったら、平方根(平方つまり2乗するとその数になる根となる数の意味)というだけあって2乗と関係が深いから、とりあえず2乗するとどうなるかやってみて」と生徒にアドバイスすることが多いです。

実際に左辺を2乗してみます。

(√2 × √3)^2
= (√2 × √3) ×(√2 × √3)

※掛け算の交換法則を使います
= (√2 × √2) ×(√3 × √3)
= (√2)^2 × (√3)^2

※√2、√3を2乗すると当然、定義により…
= 2 × 3
= 6

おっと、(√2 × √3)^2 = 6 がわかりました。

この等式を日本語で考えると、

「√2 × √3 とは、2乗すると6になる正の数(√2と√3は正の数なのでその積も正の数です)」

ということを我々に訴えています。

ここで、「2乗すると6になる正の数」」は、√を使って数学の言葉で書くと、

√6

です。

すなわち、

√2 × √3 = √6

だと言えました。

これとまったく同じ論法で、a > 0, b > 0 のとき

√a × √b = √ab

が言えるので、√同士の掛け算は、中の数字同士を掛けるだけでよいということが説明できます。

確率論の面白さ

ここに、白玉1個と赤玉2個あるとします。

この3つの玉を袋に入れます。

まず袋の中を見ずに、ひとつの玉を適当に取り出します。それを色を見ないで別のところに隠します。

いま、袋には色がわからない2つの玉が残っています。

次に、袋からまたひとつ玉を取り出します。

2つ目の玉の色が、白だったら、当然、隠された一個目は赤という論理的な思考になります。つまり、隠された1つ目の玉が赤である確率は1(100%)です。

2つ目の玉の色が、赤だったら、隠された1つ目の玉が赤である確率は、1/2(50%)です。
だって、白1つと赤1つのどちらかだからです。

この例は、条件付き確率の考え方なのですが、時系列的に、後ろのほうで起こった事柄の結果が、以前におこった事柄のわかっていない結果の確率を左右するというもので、私はとても面白いなと思っています。

これじゃ簡単すぎて確率論の不思議さが伝わらないかもしれないので、数研出版の数学Aから、もっと不思議っぽくみえる多少複雑な例をあげておきます。

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p.64
12 白玉7個、赤玉3個が入っている袋から、玉を1個取り出し、それを袋に戻さないで、続いてもう1個取り出す。2番目に取り出した玉が赤玉であるとき、最初に取り出した玉も赤玉である確率を求めよ。
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つまり、2個目の色によって1個目が赤である確率が違うんだなというところがなんか時系列を無視しているみたいで、私は面白く感じました。

私なりの数学の思い出し方

大学では電気工学を専攻していたので、マクスウェルの方程式 とか、偏微分方程式とかフーリエ変換とかテストに通るほどには理解していたはずなのですが、ぶっちゃけ、全部忘れてしまいました(笑)

私なりに中学数学からコツコツ思い出しています。

たとえば、整数は、整数環 という面白いものをウィキペディアと青空学園数学科 で発見しました。

いまは、高校数学を思い出しているところです。

忘れているといったって、脳みそに一度、概念が作ってあるので、目標は以前よりさらに深く理解することです。

で、当然、定理は証明がすぐに頭に浮かぶようにします。

高校数学が一応完成したら、高校物理にすすんで、いずれは、相対性理論もひとにわかりやすく説明できるくらいには理解したいです。あと量子力学とか。

人に「相対性理論においては…」とか説明できると、かっこいいですからね(おくれてかかった中二病ですね)

中二病ついでにいうと、量子力学も大学で単位取った記憶がありますが、いっさい覚えていません。量子力学は理系のロマンだなぁと思っています。

でも、本当は、世界史などの社会科学系の学問も中学レベルでいいので、思い出したいです。まぁ、一応、痕跡が脳に残ってますが。

Equations_2

数学は抽象化の芸術

数学は抽象化の芸術だなぁと昔から感じておりました。

たとえば、自然数、1,2,3,4,,,,など数も抽象化です。

りんご1個とオレンジ1個があるところを、どちらも1という抽象的な概念を属性としてもっていると感じる感性です。

この手の抽象化は数学のほぼすべてをおおっています。




バカは数学を触ってはいけない

正直、おれみたいなバカは数学を触ってはいけないとおもっていました。

でも理科大の秋山先生とかに触発されて、おれみたいな者でも数学語っていいのかなと思っています

世の中には、色々な人がいます、ハナクソほじるのがうまいひととかいろいろです

数学にはなんかあるとずっと昔からおもっていました

理屈で反論できないというのはすごいことです

いま、興味深いのはゲーデルの不完全性定理です