この世は石の飲みあい

友人と話していて、子供のころありがちだった光景として、

少年A「オレ、この石飲めるよ」

少年B「じゃオレ、もっと大きいこっちの石飲めるよ」

少年A「それなら…  」

この手のくだらない石の飲みあい合戦は形こそ違っていても大人になってもいたるところに見ることができます。

私は大学生くらいのころにすでに、この手の石飲み合戦から除外してほしい気持ちがとても強くなってしまって、このありさまです。

私の好きな夏目漱石の「ぼっちゃん」にもそういう一場面があります。


親類 の もの から 西洋 製 の ナイフ を 貰っ て 奇麗 な 刃 を 日 に 翳し て、 友達 に 見せ て い たら、 一人 が 光る 事 は 光る が 切れ そう も ない と 云っ た。 切れ ぬ 事 が ある か、 何でも 切っ て みせる と 受け合っ た。 そん なら 君 の 指 を 切っ て みろ と 注文 し た から、 何だ 指 ぐらい この 通り だ と 右 の 手 の 親指 の 甲 をは す に 切り込ん だ。 幸 ナイフ が 小さい のと、 親指 の 骨 が 堅かっ た ので、 今 だに 親指 は 手 に 付い て いる。 しかし 創痕 は 死ぬ まで 消え ぬ。

夏目 漱石. 坊っちゃん (Kindle の位置No.20-23). . Kindle 版.


私も男ですから、この手の意地のはりかたをしたいという心の動きはまだ一部にあります。いまのテーマはいかに石の飲みあいを避けるかです。




Everybody falls the first time (誰でも最初は失敗する)


塾で生徒さんに教えさせていただいていると、大部分の人が最初は間違う所というのがわかってきます。

例えば初めての数式の展開で、

$$-(x – 3)^2$$

を符号を間違わずに展開できる人はかなり少ないです。

私は、

$$-(x ^2 – 6x + 9)$$

という途中式をあえて書くように指導することが多いです。

こういうツボみたいな所の知識が、だんだん私の中に蓄えられて行っています。

Be動詞の意味は数学の=(イコール)

Be動詞は、単独で用いられるShe’s beautiful.などの他に、一般動詞がからんだ進行形や受動態でも使われますが、どれも意味としては数学の=として理解できます。

I’m a teacher. 私は教師です。I=a teacher

She’s in the park. 彼女は公園にいます。She=in the park

I’m on duty. 私は勤務中です。I=on duty

I’m eating a cake.私はケーキを食べています。I=eating a cake

English is spoken in the U.S. アメリカでは英語が話されています。English=spoken in the U.S.