神、儒、仏の習合としての武士道

ということを、与国秀行さんがおっしゃっておられて、ちょっと考えてみると、武士道ってのはアリかなと思っています。

神は日本古来の神道、儒は孔子(中国)の儒教、仏は釈迦(インド・ネパール)の仏教です。

与国秀行さんを応援しています

Youtubeに与国チャンネル武士道があります。

あとで加筆しますが、短く言うと…

一国の民が暮らしていくにあたって精神的な支柱としてなんらかの考え方や規範、信仰みたいなのはあったほうがいいだろうとは思います。そして、いまの世の中だと、その考え方にどうしても”武”というものを入れざるをえないでしょうと思っています。もっというと武をいかに使うか(使わないか)がいまの情勢だと最重要になります。

仏教はわたしは比較的なじんでいますが、チベットなんかを見てみてもわかるように国を支え切るには武がないんですね。仏教では基本、武は使わないという前提だろうと私は理解しています(武のことは語らないというのが正しいでしょうか)。

そのうち加筆します

完成された武士の心境
あいつらは文明程度も劣っているし、肌の色も濃いから支配していいんだって来られたら、死に物狂いで抵抗するのもアリ

“神、儒、仏の習合としての武士道” への1件の返信

コメントは受け付けていません。