人生をタタカイにする必要はない

この世の基本原理は(残念ながら)弱肉強食であるということ

わたしがタタカイ的なものとして人生をとらえていたのは、環境もあるでしょうし、わたしがもともと戦闘的な人物だったということだと思います。

タタカイにする必要がないひとはわざわざそうする必要もないでしょうと思います。

三途の川に浮かぶ男

ダンマパダ(法句経)がKindle化されていたようです

いま買ってたしかめましたが、本文から注釈へジャンプして戻ってくるということが手軽にできますね。

ブッダの真理のことば・感興のことば」という書名になっています。

いまわたしが興味があるのは、AIに「この本で記述されているような人格になりなさい」と指示して膨大な原始仏教経典を食わせたら、疑似ブッダAIができあがるのではないかということです。

仏教入門

経済現象と2次関数

数研出版 数学Ⅰ(118ページ)より引用


変化する量の間の関係を「関数」としてとらえる考え方は、自然科学、社会科学の中でもさまざまな形で用いられている。一例として、学校の売店で売られているパンの価格を考察してみよう。

簡単のため、パンは1種類のみであると仮定し、

  • 1個の販売価格をx円
  • 1個あたりの原価を70円
  • 1日あたりに売り上げる個数をy個
  • 1日あたりに得られる利潤をz円

とする。このとき、1個販売するごとの利益はx-70円である。一方、1日に売り上げる個数は、パンの価格が高くなると少なくなると考えられるので、yはxが増加すると減少する。そのようなxの関数yの例として、ここではyが

$$y=170-x (ただし、70≦x≦170とする)$$

という1次関数で表されると仮定しよう。このとき、利潤zは

$$z=(x-70)y=(x-70)(170-x)=-x^2+240x-11900$$

となり、価格xの2次関数となる。この式を平方完成すると、

$$z=-(x-120)^2+2500$$

という形が得られるので、1個120円で売るときに最大の利潤2500円が得られることがわかる。

ここで考えているのは売り手が1つしかない状況であり、店舗の間の競争などの影響を考えていない。現実の出来事をより正確に理解するためには、より複雑な考え方が必要となるが、その場合でも数学的な手法はなくてはならないものとなっている。経済学においても、いろいろな場面で数学が活躍するのである。