“わたし”が消えるとき

よく、「自分の身になにかあったら自宅のパソコンに保管されているアダルト動画や画像コレクションだけは消去してから死にたい」みたいなことを若い人が言っているのを見聞きすることがあります。

わたしは以前から思っていたんですが、「いや、”恥ずかしい”と感じる主体としてのあなたは死んでしまったらたぶんもう存在しないのだから、恥ずかしいとしたらそういうことを考えている今とか死ぬ間際なだけでは」と思っていました。

だいたい、何かの行為をしておいて、人に知られたら恥ずかしくて知られなければ恥ずかしくないって感覚が私はもうよくわからなくなってしまったんですが、それは私がちょっとアレな人ということで(笑)おいとくとしても、恥を感じるべき事柄はもっと別のところにあるのに、そういう恥ずべきことは”みんなもやっているから”とか適当な理由で恥を感じない人が多いですね。

わたしの感覚からすると恥の感覚がちょっとヘンに思える人が多いです。

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