黒い砂漠モバイル最強プレイ環境!

すみません、単にPC(パソコン)でプレイするといろいろと都合がよいということをいいたいだけです。

まず、黒い砂漠モバイルはスマホ用のゲームアプリですので、そのままPCではプレイできません。

ではどうするかというと、スマホで使われているオペレーティングシステムであるAndroidのフリをPCにさせることができるエミュレータというものを使います。

そういうエミュレータで有名どころは、BlueStacksとかNoxPlayerがあります。どちらも無料で利用できます。

そして、マウスで操作するだけでなく、少し設定してあげればゲームコントローラーなんかでも操作できます。

私はNoxPlayerで快適にプレイを楽しんでいます。

”三角関数の合成”の不思議

三角関数の合成は高校数学のⅡで勉強します。数式で書くと以下のような見た目です。

asinθ+bcosθ=rsin(θ+α)

sinの加法定理を使って説明できます。で、それは置いといて波としての見た目だけでどう感じるかというと…

正弦波

こんな波が少し横方向にずれて2つあったとして、それを足して重ね合わせるとまた一つのきれいな波になるって…すごくミラクルな感じがします…

またこのエントリもポエムになってしまいました(笑)



(年数だけですが)ベテラン・MMORPGゲーマーからのアドバイス

Youtubeの攻略動画とかを見ていても、みなさん効率というものが結構気になるみたいですね。そこで、私がMMORPGでよく見たプレイヤーのパターンをひとつ紹介させてください。

そのパターンの人たちはとにかく効率というものを大切に考えて、ゲームプレイ自体が効率プレイでがんじがらめになってしまうわけです。

はたから見てても、義務感でプレイしているのがわかるほどです。最終的に何が起こるかというとゲームプレイに疲れてしまってそのゲーム自体を辞めてしまうのですね。

そういうプレイスタイルそのものもゲームの楽しみ方のひとつでしょうし、否定はしませんが、プレイを辞めてしまうわけですから、私みたいに好き勝手なことをやりながらダラダラ長くプレイしているプレイヤーに最終的にはいろいろな面で負けてしまうわけです(もう辞めているので勝負とはいえませんが)。

自分だけ良くなろうとしても、たぶんうまくいかない

まぁ、私は今年の5月の誕生日が来ると50歳になるわけです。

で、いちおう、職歴が無いとか今の日本ではそうとうヤバい人の部類になるという自覚もありますし、ヤバそうな持病を持っているしと、偉そうなこと言ってもなかなか神通力を発揮しないという自覚もあります。

でも、まぁ、最低限度のケジメとして犯罪歴は無いわけです。

そんな私が痛切に感じているのは、「自分さえ良ければいい」という考え方はたぶん、功利主義的に言っても長い目で見るとうまくいかないだろうという直感です。

全体(人類とするか、生き物とするか、地球、宇宙とするか)の意識を向上させなければ自己(とあなたが思っているもの)の救済もありえない。

理屈(そういう研究をしている人の話も読んだことありますが)はよくわかりません。まさに50歳になろうとしているオッサンの肌感覚としか…

ただ厳しい状況でサバイバルしている方たちには、「お前はいま楽しているから、そんな寝言が言えるんだろう」と言われれば返す言葉はありません。

利他ではなく利全(利善)

地獄からの手紙: ブラックアジア(鈴木傾城)

鈴木傾城さんのブラックアジアはまさに、”地獄からの手紙(リポート)”としか言えないようなこの世でくりひろげられている地獄絵図を淡々とリポートするサイトです。いって観ていただくのが早いと思います。

こういう状況をみると、私の持論であるやっぱりこの世って地獄的な場所なんじゃないかという感が強くなります。

The game is overにおけるoverのイメージ

overの視覚的イメージは上からかぶさるアーチ状のモノとか何かを越えたりする動きです。

そこからgame over!といったときのoverは何か(ここでは試合やゲーム)を乗り越えてしまって済んでしまった感じつまり、終わってしまった感じです。

元ネタはNHKラジオ英会話の大西先生の説明です。

sinとcosの関係

[mathjax]

というと、まっさきに私の頭に浮かぶのは、

$$sin^2θ + cos^2θ = 1$$

なわけです。昨日、sinの加法定理を導出しようとして、

cos(α ± β) = cosα・cosβ ∓ sinα・sinβ

まで、単位円を描いてそれに余弦定理を使ってひねくりだせたんですが、これをsinの加法定理に簡単に変換できた記憶があったのにそれを思い出せなかったんですね。

結論から言うと、

cos(90°-θ) = sinθ, sin(90°-θ) = cosθ

この関係を使うわけです。

sin(α+β) = cos(90° – (α+β)) = cos90°・cos (α+β) + sin90°・sin(α+β) = sin(α+β)

となって、アレ??となるので…

sin(α+β) = cos(90° – (α+β)) = cos((90° – α) – β) = cos(90° – α) ・cosβ + sin (90° – α) ・sinβ = sinα・cosβ + cosα・sinβ

となります。

おもしろいなぁ、sinとcosの変換に cos(90°-θ) = sinθ, sin(90°-θ) = cosθ を忘れないようにしようと思いました。私は三角関数の符号は頭の中で単位円上の点を思い浮かべてそれのx値がcos、y値がsinとしてます。

陰謀論への疑問

一時、面白半分で、さかんに陰謀論の動画をみていました。

そういう陰謀論の主張の中で、世の中のいろいろなところに”獣の数字666″が隠されて入っているというようなものがありました。

私の疑問は”なんで666という数字を我々一般ピープルに見せなきゃならないのか”です。そういう陰謀論で言われている影の支配層みたいなのがいるとして、チラッチラッとそういう666とかのシグナルを我々に見せたり、少しだけ隠していろいろなところに入れる意味がさっぱり分かりません。だまって支配していればいいのにと思います。

それとか、世界的に子供に大人気の、ある米国製の有名アニメ群に”SEX”という文字がサブリミナル的に入っているという主張もありました。たしかに実物のアニメの中で図示されるとそう見えるわけですが、私はSEXという言葉の意味もまだわかっていないだろう子供にSEXというサブリミナルメッセージを意図的に繰り返し見せる意図がさっぱりわかりません。

陰謀論の中には、”ほらぁ~~~~~!!!!こんなことが行われているんですよ~~~!!”みたいに言われてもピンとこないものも多いですね。

ニーチェに感じる同族的なヤバさ

フリードリヒ・ニーチェさんは偉い哲学者です。

とりあえず、それは置いといて、そんなニーチェさんの子供の頃のこんなエピソードがあります。(wikipediaより引用)


ある雨の日の話

市立小学校時代のニーチェの性格をうかがわせるものとして、多くの解説書で語られる有名なエピソードがある。

まだニーチェが市立小学校に通っていた頃、帰りににわか雨が降って来た。他の子供たちは傘がなく走って帰って来た。にも拘わらずニーチェは一人雨の中を頭にハンカチを載せて歩いて帰って来たという。心配して途中まで来ていた母が「何故、走ってこないのか」と怒ったところ、ニーチェは「校則に帰りは走らず静かに帰れと書いてあるから」と、述べたという。このエピソードは、よくニーチェという人物の生真面目さと結び付けられて語られている。


いちおう偉人なので”生真面目さ”という言い方がされていますが、私はこのエピソードを読んだときに、自分にも通じるある種の”ヤバさ”を感じました。この字面通りのことをやろうとしてしまう感じ…

人の言葉を字面通り受け取る癖

いや~、ある種の同族的な人間として、ニーチェさんは生きづらかったのではなかろうかと同情します。

ダークソウル3:絵画世界フリーデ撃破!

ダークソウル3のダウンロードコンテンツ(DLC)である絵画世界のボス、フリーデをファーストキャラの両手斧ビルドで、やっと撃破いたしました。

まず戦略として、筋力によるダメージアップは上限に達しているようだったので、サポートとして奇跡や消費アイテムを使用することにより、両手斧で倒すことを目指しました。ちょっとだけ盾つかってもいいだろという迷いが生じましたが、両手斧に意味があると思いなおしました。

使用した奇跡としては、 HPがゼロになった時、一度だけ踏みとどまる ”惜別の涙”です。
消費アイテムは 一時的に出血、毒、冷気、呪死全ての耐性を高める 苔玉の実を使用しました。冷気対策です。

メインのラスボスを倒してすこし気が抜けてしまって、ダウンロードコンテンツのボスであるフリーデでつまって放置しておいたのですが、またやる気がでてきて古いセーブデータを掘り起こしてのクリアとなりました。

次は、もうひとつのダウンロードコンテンツである輪の都に挑みたいと思っています。

信仰それじたいに意味がある

私は残念ながら信仰はもちあわせていません。いろいろ考えすぎる性格が災いしているとおもいます。バガバットギーターで述べられているヨガにおける修行方法の分類で敬愛のバクティ・ヨーガや無私のカルマ・ヨガなどあるなかで、理屈を突き詰めるニャーナ・ヨーガを自分では気が付かずにやっている状態だと自己分析します。

聖者と言われている人なんかが、信仰の対象に敬愛をささげるバクティ・ヨーガは非常に価値があるものだと言っていたのを文献とかで読んでいたんですが、正直なぜバクティ・ヨーガがそれほど重要なのかが理解できませんでした。

結論から言うと、バクティ・ヨーガが重要なのは自分の(論理的思考とかでなく)感情エネルギーを信仰対象に注ぐことで精神が安定するからだなといま気が付きました。敬愛をささげる対象は神仏とか歴史上の偉人とか社会的にほぼ問題のない対象ならなんでも良いのですが、信仰心それ自体が心の平和を促進する作用があります。

祝、来訪者のべ15万人

おかげさまで2016年9月頃からこのサイトにココログから移転したのですが、のべ約15万人の方に来ていただきました。

ありがとうございます。

今後も昭和生まれの遊び人としての日常を気の向くままつづりたいと思っております。これからもよろしくお願いいたします。

面接官: I’ve obviously read your resume…

面接官が仕事の面接の場で: “私はとうぜんあなたの履歴書は見ましたが…”(“面接を始めるにあたり、簡単に自己紹介してくれませんか”と続く)

ここで、obviouslyのほうがclearlyより自然らしいです。NHKラジオ英会話のバイリンガルのアシスタントの方が言っていました。”状況から明らかなように”という感じでしょうか。

obviouslyとclearlyはオックスフォード学習者辞典では同意語とされています。

それ以前に、まずこの文脈でobviouslyを使う発想が私たち日本人にはあまりないのではないでしょうか。obviously=”明らかに”、だけでなく、”とうぜん”ということでしょうか。