教科書に書いてある…

高校時代の国語の授業で、先生が質問をしたけど生徒は誰も自発的に手を上げないでヘビとカエルのにらみ合いみたくなって…というありがちな日常のヒトコマで、

先生:「はい、じゃ、あてます、峯島、わかるか?」

私:「それは、~~~です。」

先生:「正解、なんでわかった?」

私:「えっ?? いや、教科書に書いてありますけど…(え?え?もっと因果関係とかそういうこと??)」


私の学生現役時代の”勉強”への認識は、教科書を”読めばできる”、”読まなきゃできない”というものでした。そういう感じだったので、大学受験でも予備校のたぐいには一切行ったことがなかったし、模擬テストもたぶん受けたことがなかったと思います。大学受験本番ではそのころあった共通一次テストというものでしくじって、本当は横浜国立大学へいきたかったのをあきらめて、私立の東京理科大学を受験して、”これは受かったな”という手ごたえが自分なりにあったので他の大学は一切受験せずにいて、結果発表も見に行かず翌日の新聞発表でやっぱり合格していたのを確認したという感じでした。

で、こういう具合のいわゆる”勉強”への認識がごく普通のこととかなり最近まで思っていました。理解力には各個人でバラつきがあってみたいなことを実感を伴ってハラの底から気が付けたのは、塾で教えさせていただいてからです。

世の中には、背の低い人もいれば高い人もいる、力持ちもいれば非力な人もいる。おなじ日本語で書かれた教科書を読んでもスッと理解できる人もいれば、そうじゃない人もいる。この今となってはごくごく当たり前のことに私が気が付くのに40年ほどかかっています。ただ、無意識のうちでは本当はわかっていたのに、それを意識の上に乗せると最悪、迫害をうけるというような配慮で、わからないふりをしていただけかもしれません。


日本人の3分の1は日本語が読めない?

無敵とかないから…

いろいろと世の中を見ていると、この人はいわゆる”無敵状態”に入っているなという人を見聞きすることがあります。

私の主張は、ごく限られた状況とかでは”これは勝てるな”みたいな読みが正しいことはあるでしょうけど、広く一般的に無敵なんて状態に生身の人間がなることはないというものです。


私の友人が小学生だったころ、放課後の教室で将棋が流行ったそうです。で、ある男の子がもともとちょっと将棋を習っていて本人としては自信があったようなんですね。その子の振る舞いがふるっていて、まず対局を始めると、王将の両脇にある2枚の銀を一手上へとあげるそうです。で、銀二枚上げ終わると…

「はい、無敵。勝ったよ」

まぁ…、小学生なんでほほえましいですみますが。いや、将棋はコンピュータで全手を計算可能ですからほんとうに、そこから必勝の手があるのかもしれませんが、その男の子がそこまで読めていることは到底ありえないだろうと…


私が塾で教えていた高校生の男の子があるとき、

「先生、兄貴から教えてもらったんですけど、MARCH以上の大学に入れれば人生無敵らしいです!」

イヤイヤ、私はたぶんその”無敵”のカテゴリーに入るんだろうけど、ゼンゼン無敵じゃないし…


大人になってから無敵とか言ってると最悪死ぬというのが私の持論です。

往年のクンフー・ムービースターだったブルース・リーさんも、その頃子供だった、いちファンである私から見ても、「この人はインタビューとか普段の振る舞い含めて、ほれぼれするほど無敵状態だな」と思っていたら、ああいう最後を迎えました。

そこらへんで矛盾するようですが、ある種の無敵状態っぽく見えるトランプ大統領にはほんとに無敵のまま、めでたしめでたしとなってほしいです。

ドナルド・トランプさんが好き

映画「ヘンゼル&グレーテル」を観た感想

ヘンゼルとグレーテル“というと、あれです、魔女が住んでいるお菓子の家がでてきて、姉と弟がお菓子の家をがっついていたら魔女が…というグリム童話のひとつです。(私が子供だったころ、ひとつの”ヘブン状態”としてこのぜんぶお菓子でできている家というのは想像しただけで幸せな気持ちになりました)

この映画はそのお話があった後、姉と弟は成長してウィッチ・ハンターになり…という感じで続きます。アマゾンプライムで無料鑑賞しました。

正直言うと、「なんかB級映画っぽいし、おもしろくなかったらすぐに見るのをやめよう…」と思っていました。

で、結論から言うと最後まで楽しんで”B級なんだろうけど、なかなか面白いアクション映画だな”と思いました。

以下、私なりにおもしろいと思った点をつらつらと書いていきます。

・魔女がけっこう肉体的な武闘派として描写されている

悪者の魔女が魔法の杖を少林寺拳法なんかの杖術みたいに使いながら、主役たちとボカスカと戦います。魔法もいちおう要所要所で使うんですが、”魔法使いが魔法の杖で物理的に殴る”っていうところが私的にかなりツボに入りました。ホウキにのって猛ダッシュかまして逃げるとか…

・魔女の手下だがじつは心優しいトロールがでてくる

これは、私のちょっと変わった嗜好なんでしょうけど、トロールとかオークが好きなんですね。

・武器としてでてくる銃なんかが結構イカしている。

予算はそんなにかけられなかっただろうと勝手に想像しますが、カッコいい銃をジャキーンみたいな感じがよく絵作りにいかされています。

ストーリーはゲームなんかの一章分くらいの感じでしょうか、悪い魔女たちがあるたくらみをしているところに、名うてのウィッチ・ハンターであるヘンゼル&グレーテルが来てひと騒動あったのち一件落着という…

地球は大きなゴミ箱?

探偵ナイトスクープなんかにも出演なさっていた男性タレントの方の話だったと思います。

その方はもともとヤンキー(いわゆる不良)として学生時代を過ごしたらしく、タレント(芸人)になってもその痕跡が残っていたらしいんですね。

で、野外ロケでロケ弁を食べたあと、カラになったプラスチックの容器を思いっきり空に向かって放り投げて捨てていたらしいです。

ある時、後輩の芸人がそれを見とがめて、

「ニイさん…、いいんすかそんな捨て方して…?」

そうしたら、そのタレントの方は後輩をまっすぐみて、

「地球は大きなゴミ箱!」

と言い切ったらしいです。

わたしはなんて表現していいかわからないのですが、不真面目な成分がかなり性格に入ってしまっているので、このタレントさんみたいな人が結構好きなんですね。

自分がやるかといえば、いろいろ小賢しい考えが働いてしまってやらないんですが、なんとも面白い人だなと感じます。

通貨発行権

陰謀動画をざっと見てみたかぎり、”通貨発行権”に何かあるっぽいのは、これは私みたいな一介のプ~タロウでも確認可能な事案かなと思っています。

ここにカラクリがあって、もしかしたらココを変えると世の中が変わる!みたいな主張もちらほら見たので、もうすこし勉強しようと思っています。

そもそもお金とは何か?というのの分かりやすい説明は、”やる夫で学ぶ”シリーズがよかったです。

The Long and Winding Road to Satori

まず、悟りとは何かというと、涅槃寂静ということばで表現されているように、静かな心です。で、なぜ悟りを求めるかというと功利主義的には冷静な判断を下すためです。

激しい感情というのはポジティブであれネガティブであれ行動のエネルギーになったりして使いようがあるものの制御が非常に難しいです。

ヒリつくような快感というのも一度は経験してみるのも悪くないですが、強いドラッグと同じで追い求めすぎるとたぶん破滅がまっています。(そこらへんトランプ大統領がどういう心境で動いているのかとても興味深く思っています)

で、どのように他人を悟りへ近づけるかというと、たぶんAIとか色々なテクノロジーを使って脳の状態マップみたいなのが明示的に解析できて、こういう刺激を与えたらどういうマップの変化が起きるかみたいなシミュレーションをしたうえでないと、失敗したときの本人や周囲へのダメージがヤバすぎてやらないほうがいいというのが私の現在の感想です。

で、そういう悟りの心境への道は、各個人ごとにパーソナルなものであり、ヨガ体操の教室でいま行われているような、単純な授業形式のメソッドとして確立するのは非常に難しいと思っています。

スッタニパータとかダンマパダなんかの初期仏典を乱読したかぎり、釈迦は悟りを得た聖人はこういう状況ではこうふるまうとか、こういう心境でことにあたる、みたいな結果しか言っていないんですね。

で、ヘタに色欲をコントロールしようとして、女を絶ったりしていると、もともとゲイじゃなかった人がゲイになったり、小児性愛の傾向がなかったひとがペドファイルになるという倒錯がでてきたりしているのが、仏教界の歴史から見て取れます。

初期仏典を読む限り、釈迦のいっていることをやろうとすると、脳内の内部表現の書き換えをやるわけですから、間違うと、社会に壊滅的なダメージを及ぼす、とんでもない大悪人が出てくる可能性があります。

そういう意味で、私は自分の自己流のやり方を他人で試す気になれません。

感情論でいいじゃないか

いろいろ会話をしていて、私が(この人の言っているコトはまぁ、感情論だな…)みたいに思ったとします。

で、そういう私から見て感情論を振り回している人に限って、自説が感情論であるということを認めたくないんですね。

「 理屈はわからないんですが、 私の感情として、そこはどうしても譲れないところなんです。」

で、いいじゃないですかね…

”それを認めると私の感情が乱されて人格が崩壊してしまう”

みたいなのは誰にでもあることでしょうし…

で、そういう前提のもとで、あらためて妥協案をさぐるとか…


すべての議論の基底には、感情も含んだ”判断”があるのでしょうね。

プリンセスコネクト Re:Dive(プリコネR)

たぶん、数か月前からプレイを始めたと思います。いわゆるソーシャルゲームのガチャっていうのがどんな感じなのかを体験してみるかということもありました。

で、結論から言うと、いまもそこそこ楽しんでプレイを続けていて、ずっと無課金、プレイヤーLv100、未開放キャラが11体、バトルアリーナといわれているPvPコンテンツで1200位くらいです。

以下、気ままに感想を書いていきます。

まず、ガチャはなんだかんだでタダでけっこう回せるなという感が強いです。ただ私は”絶対この特別キャラを手に入れなければ”みたいな感情は一切ないので、そこが課金してガチャを回したくならない理由かもしれません。

あと私はDMMのランチャーからPCでプレイしているんですが、しばらくたってからスマホと連携をしました。PCとスマホでアカウントを共有できるってのはこれからの流れなのではないかと思います。

ゲーム自体のプレイフィールはとにかくサクサク進むように気が配られているなと思いました。戦闘なんかも早送りがあり、また、戦闘画面自体をスキップしてアイテムだけ手に入れる仕組みもあります。

あと、洋ゲーに慣れた私の目から見ると、全員幼児っぽく見えますが、やっぱり自分のキャラがヒゲのオッサンよりも心なしかなごみます(笑)。

で、私のお気に入りのキャラがカオリという空手バカっぽい物理火力の娘だったんですが、ソーシャルゲームということでバカにしていた面があるんでしょうが、RPGにおけるタンク、アタッカー、サポート、ヒーラーなどの役割分担が実装されていると気が付くのが遅れて、力任せにLvだけあげて、アタッカーで打たれ弱いカオリを最前線でメインクエストの中盤まで進みました。

空手バカ一代… 琉球チックなのも私はすきです

いろいろなイベントで表示されるアニメとかも(アニメに疎いおっさんから見ると)よくやっているし、かなり”引き”がある良いゲームだと思います。

あと、世界観が映画マトリックスみたいな、”じつはこの世はかりそめのもので…”みたいなのも私がメインストーリーを楽しめている理由かもしれません。

才能…(&努力)

たまたま玉置浩二さんの歌を久しぶりに聴いたんですが、えぇ~っていうほど歌がうまくて驚いています。

普段、いろいろなプロの人の歌を聴いていますが、音楽は素人なんで表現が難しいんですが、”何かが違う”感がハンパないです。

“あの”山下達郎さんが「日本で最も過小評価されているミュージシャン」と評しているらしくて…

まぁ、本気で努力した向いてる人にはかなわないのだから、みんな向いてることをやればいいのかなと…

天皇制について

いつ頃からか、わたしの妄想で”俺も出世したな”と感じる場面があるとしたら、昭和天皇の園遊会に呼ばれて、

昭和天皇:「峯島は~、元気か?」(呼び捨てなのが感激ポイントです…)

私:「はい!日々、精進して、結果を出したいと思っております!」

昭和天皇:「あっそ…」(別の人のところへ…)

まぁ、私のこんな感じの妄想を若い日本人の方がどう感じるかはまったくわからないんですが、圧倒的な”身分の差”を感じることが現代は少なくなってきていますが、さすがに俺は天皇より偉くなるってことは日本人である以上原理的に無理だろうと私は幼いころから思っていました。

だって、あれだけ暴れん坊だった織田信長とかの戦国武将でさえ、自分が天皇より偉いって大見え切った人は日本に存在しなかったわけですから…(平将門とかは…)

あと、天皇が普段なされている公務が(私から見ると)殺人的なスケジュールということも、個人的に敬意を感じます。

それとか、昭和天皇が太平洋戦争の終戦後GHQマッカーサーに会いに行って、マッカーサーは”こいつ命乞いにきやがったな…”と思っていたら、”自分はどうなってもよいので、日本をよろしく”的な言動をして、マッカーサーに”敗戦国の王者の振る舞い”を見せたという逸話なんかも気合が違うんだろうなとか…

そんなこんなで、私は天皇制はある種バーチャルなものであると本心では思いながらも、自分が日本人である以上、その影響下にあるわけで敬意をしめす対象という感じです。(世界年表の各国王朝グラフで、ほかの帝国とかがひんぱんに入れ替わっている中で、一番下に”日本国”だけが数千年ずっとつづいているアレはちょっと爽快です)