究極の快感=究極の苦痛?

タイトルの通りをモチーフとしたホラー映画にクライヴ・バーカー原作の映画ヘル・レイザーがありました。(この映画はある種の傑作でこの映画が作った、いわゆる魔道士のイメージは日本の漫画のベルセルクなんかにもその影響を見ることができます。)

私のいままでの経験でも快感が強すぎてもう苦痛に近いということはありました。

また、私の友人のそのまた友人の指圧師の方いわく、業界には、いわゆる”強揉み(つよもみ)”というメニューがあるらしく、それを求めてくるお客も多いらしいです。強く揉むので痛いんでしょうけど、それがいいらしいです。また、手の甲の骨と骨の間の部分で合気道で急所になっているところを押されて、口の端から泡ふきながら喜んでいるお客もいたらしいです。

いまの私の感じだと、強すぎる快感や強すぎる苦痛はかんべんしてほしいなと思っています。

NenbutsuのIQ138

とりあえず、IQが高いとほめられるんじゃないかとおもって、セルフ・プロデュースの一環として、遊びで受けたIQテストで138とでたので、自慢します(笑)

それがどうしたって言われると困るし、適当に広告をクリックしてやったので、サービスで高めにだしてくれるのかもしれません。まぁ、そうしたらご愛敬ということで…

人類にワンチャンスあるとすれば…

以下はいつにもましてポエム&妄想です

理系のロマンである量子力学と数式には触れずに(まだ完全に思い出していないので…)戯れていますが…

まぁ、二重スリット実験が面白んですが、

“あの”フォン・ノイマン博士が、抽象的自我なんて口走ったという…

結果からいうと、ある種の自我意識が物質界と相互関係がある可能性もしくは解釈が可能かなぁという…

でです、この世の自我あるもののネガティブな想念とポジティブな想念の総量を比べて、ネガティブが勝っていれば世間もネガティブな方向に向かうとか(逆もそう)が科学的に証明されれば、どんな貧乏人の意識状態にも心を配らざるを得ないという事態が出現します。

つまり、不満や鬱屈をためているひとが多くいれば、人類全体に悪い影響をあたえると科学的に証明できれば人類みな兄弟てきなハッピーな展開も期待できるかなと…

 

女にモテるには金プラス・アルファ

以下は、昭和生まれのおじさんが世間で見聞きしたことから判断した”読み筋”なのでもちろん外れていることもあるでしょう。

金つっても、資産数百億円から、年収200万円あたりまでありますが、とりあえず、(自分が満足できて、安定収入がある職についている人以外の)女性は”経済的安定”(とそれによる精神的安定)がほしいわけです、衣食住の保証ですね。

で、女性も30歳過ぎてよっぽどバカじゃないかぎり、男がいくら金持ってても、異常性格者(DV男とか、浮気に躊躇ないとか)じゃ、しょうがないのは分かるわけで、まぁ、気が合うかとか似た者同士かとかが大切になってきます。

私の友人にかなりの資産家で40過ぎて独身の男性がいるんですが、もう、モテまくりです。彼は性格がかなり良くて、彼が女性に敬意を払っているということが相手の女性にも伝わるんでしょうね。いろいろお断りするのに困っているようです。勝手に女性からいろいろ声がかかるんですね。

女性の嗅覚はすばらしいなと思います。実際、その友人はヤリ捨てとかができずに、別れた後のアフターケアとかも真剣にしているがゆえに、今は結婚できないという…。

プロになることについて私が恐れること

ちょっと前に、私の好きな人物である畑 正憲さん(ムツゴロウさん)が、

「ぶっちゃけ、動物とかもうどうでもいい」(意訳)

と言ったとか言わなかったとかで、マスコミがちょっとした騒ぎになりました。

私も、自分でいろいろな分野に興味をもって勉強したり練習したりしてますが、どの分野もアマチュアの域をでません。

プロがきたら、俺は退散するほかないなと思っています。

何かの分野に絞ってそのプロフェッショナルになったとしても、そのうち、

「ぶっちゃけ、xxは飽きた」

って気分になりそうです。それは色々な人にも迷惑をかけるだろうし、やっぱり俺は永遠のアマチュアだなぁという感慨が強いです。

恋愛について私が恐れること

“あべし”って言うかなぁ~

体調がすぐれなくて、休んでいるんですが、その合間に、また、北斗の拳を読んでいます。DMMで半額セールになるたびに少しずつ買って読み進めています。

北斗の拳

いろいろ突っ込みどころが満載で、とても面白いです。

で、タイトルなんですが、まず、あなたが訳の分からない拳法の達人と戦わなきゃならなくなって、相手から攻撃をうけて、なんか自分の身体の部位がわけわからんけどさく裂しそうな感じがしたとします。

ここで出す声は人間なら悲鳴ですね。つまり、「うわー!」とか「いてー!」とか、

で、「ひでぇ(じゃねぇか)!」と言おうとして「ひでぶ!」となってしまうのはあるかもしれないですが、

あべし!

って、悲鳴は私は北斗の拳を読むまで知らなかったし、たぶん自分がそんな悲鳴をあげるところも想像もつきません。

まぁ、だから面白いんですね。

バガヴァッド・ギーターのメッセージ

Wikipediaより


バガヴァッド・ギーターは、700行(シュローカ[1]韻文詩からなるヒンドゥー教聖典のひとつである。ヒンドゥーの叙事詩マハーバーラタにその一部として収められており、単純にギーターと省略されることもある。ギーターとはサンスクリットで詩を意味し、バガヴァン英語版の詩、すなわち「神の詩」と訳すことができる。


私なりになんどかバガヴァッド・ギーターを読んで受け取ったメッセージは、

「なすべきことをなせ」

並列コンピュータの個々のCPUみたいに、個々人が自分がなすべきだと感じたり、考えたりしたことをやれば、当然、衝突することもあるでしょう、しかし、
個々の人々がなすべきだと(なるべくなら私心無く)感じたことをやった結果がどうであれ、それはしかたがないことである。

その結果はだれのせいというわけではなく、人類がだした演算結果として受け入れざるを得ないというのが私の最近の感慨です。