Final Fantasy XIIIをプレイした感想

Final Fantasy XIIIをクリアいたしました。XIIIは13ですね。

ファイナルファンタジーを最後にプレイしたのはFF6ですかね。FF VI (6)のスーパーファミコン版は1994年発売らしいですから20数年ぶりのファイナルファンタジーですね。

 

 

結論からいいますと2回プレイをし直しました。そして楽しかったです。

美しいイベント・ムービーとよく作り込まれたコマンド入力式の戦闘システムが秀逸です。


まず、初回のプレイでは、

「お、マップが一本道だな…まぁ、怒りはわかないけど、この一本道っぷりは驚くなぁ」

「なるほど、数年前に発売されたゲームなのに、ムービー・シーンは最近プレイしたWitcher3と遜色ないほど美しいな(髪の毛が風になびく様子とかとか)…そういえばFFシリーズの売りの一つはグラフィックだったなぁ」

「ふむふむ、わかった、このゲームはムービーをプレイヤーに見せるのがメインな感じだ」

「ええねん、ええねん。Aボタン連打でどんどん一本道マップをすすんでいけばええんや。」

「道端に落ちているアイテムとか拾うの面倒だし、俺は乞食じゃねぇからな無視無視。」

「ふむふむ、一本道にいるモンスターは強すぎるのもいるから避けるのも手ですってメッセージがでてきたから、よけられるモンスターは全部避けて通ろう。」

「なんか、避けられない雑魚敵にもてこずるようになってきたな…」

「…中ボスを倒せなくて詰んだ…。真面目にやり直すか…」


で、2回目のプレイでは、アイテムも拾って、雑魚敵もできるだけ倒して、キャラのメイン・ロールのレベルアップに励んでいたんですが、武器やアクセサリーの強化とか、バフやデバフのアイコンや魔法の種類とかだるいんで把握しませんでした。

で、また中ボスを倒せなくて詰みました。

「もっと真面目にやり直そうw」


で、三度目の正直で、アイテム強化とかバフやデバフ効果の把握、とれるロールはマックスまでレベル上げした結果、ラスボスにも余裕で勝利できました。

さすがに、私の歳になると熱いストーリーに慣れるのに若干の時間がかかりましたが、それも適応できました。

また、キャラクターのモデリングもWitcher3なんかの肉感的な女性の表現になれた目で見ると、最初は、なんだこのガリガリな少女たちは…となりましたが、そういう日本的なマンガ的な表現もありだなと思い、最後にはヴァニラという少女なんかもかわいく見えるように目が慣れました。

これが2千円ほどでプレイできるならかなり安い買い物じゃないかなと思いました。




サイコロを投げたときに素数が出る確率

まず現在、素数といえばどう定義されているかが問題になります。

自然数で、正の約数1 と自分自身のみであるもの」

と覚えていると、1は素数なのかどうなのか悩むという落とし穴があるわけです。

よって、

「正の約数の個数が 2 である自然数」

と覚えるとしっくりきます。つまり今は1は素数ではないことになっています。

なんで、そうなるかというと1を素数とすると、素因数分解の一意性がくずれてしまうからというのがわかりやすいですね。

つまり、6を素因数分解すると6=2×3ですが(掛け算の順序は問いません)、

1を素数として含めると6=2×3=1×2×3=1×1×2×3=…

となって素因数分解は一意に決まることにならなくなるからですね。

他にもwikipediaによると1を素数に含めないと都合が良く成り立つ事柄があるようです。

高校受験が近い人はここらへんの素数とは何か?有理数とは何か?とかの言葉の定義をきっちり抑えておかないと、5~10点くらい損をすることになりかねないので注意が必要です。

中学生の人は教科書の最後にある「さくいん」のページで、因数とか素数とかの言葉を自分が理解しているかチェックを一度は受験前にすることをおすすめします。




台形の面積は三角形の面積として理解

[mathjax]
小学校で習う台形の面積の公式は次のようになります。

$${台形の面積=\frac{1}{2}\times(上底+下底)\times高さ}$$

ここで、なにかこの公式は見慣れたものと似ていないでしょうか?
そう三角形の面積の公式とそっくりなのです。

$${三角形の面積=\frac{1}{2}\times(底辺)\times高さ}$$

つまり台形の面積は上底+下底を底辺とする高さが同じ三角形の面積として理解することができるのです。
それは、中学で習う三角形の等積変形という技をつかいます。図で示せればいいのですが手軽に描けるツールがないので言葉にすると、台形の上底と下底が台形の定義により平行であることからそうなります。

私のすごい偏見

しばらく前に、バスに乗っていて、前方に40歳くらいの比較的上品な私服を着た女性が座っていてスマホをいじっていました。

何の気なしにスマホの画面が見えたんですが、なんかパズドラみたいな落ち物系っぽいゲームだったんですね。

ほんの一瞬なんですが、私の頭の中に、

「こいつバカかな?」

という思考が生まれたんですね。いや、私自身もゲーマーですし、ポケモンGOとかも流行ったときはプレイしてみたりしましたので、自分を棚に上げてひどい偏見だと思いますが、なんでそんな考えが浮かんだのか自分でも不思議です。

ことほどさように、人間は偏見から逃れられない運命なのだろうなぁと思いました。

 




いきなり”献”を読んでくださいといわれたら

たいていの人が”ケン”というと思うのですが、なぜそんな音が頭に浮かぶか理解できているでしょうか?

結論から言うと、「献」は意味をあらわす”へん”である”南(鬳)”と音をあらわす”つくり”である”犬(ケン)”とからなる形声文字という漢字の多くの割合をしめる部類のものだからです。

つまり、”犬”を見て”ケン”と読むと判断しているのです。

平衡状態の”衡”なんかも”行”が入っているからコウと読めるんじゃないでしょうか。

今の学校ではこんな知識は教えているのかもしれませんが、私は数十年前のある時期にこのことに気が付きました。

こんな感じで漢字を勉強していると面白いです。

英語早口はじめました

面白そうなので覚え始めました。

Betty Botter bought some butter.
But she said, “This butter’s bitter.”
“If I put it in my batter,
It’ll make my batter bitter.
But a bit of better butter
Will make my batter better!”
So she bought a bit of butter,
Better than her bitter butter
And she put it in her batter
And the batter was not bitter!
So it was better Betty Botter
Bought a bit of better butter!

 




中学英語をやり直しませんか?

人気バイリンガール英会話ユーチューバーであるChikaさんが結婚したそうですが、そのとき旦那さんは英語をすっかり忘れていて、

「Are you marry me?」

と間違った英語で言ったそうです。もちろんChikaさんは意味を正しく理解して、旦那さんが頑張って英語で言ってくれたことに感激したそうです。(決まり文句としての教科書的正解は”Will you marry me?”)

まぁ、これはこれでいい話なんですが、たとえば中学1年生の英語をしっかり勉強していて、その後、その知識をきちんとメンテナンスしていれば、この手の間違いはよっぽどテンパッているとかじゃないかぎり原理的に起こりえません。

なぜなら、中学一年でまず徹底的に勉強するのは、Be動詞と一般動詞の区別だからです。

では、なぜ区別するのか、それは疑問文や否定文の作り方がBe動詞と一般動詞で違うからです。逆に言えば、一般動詞ならすべて同じパターンにしたがって、肯定文から疑問文や否定文を機械的に作り出せます。Be動詞についても同様のことが当然いえます。理由もなく区別してあつかうはずがないのです。

中学英語というと馬鹿にする人とか、いまさら中学英語を勉強するのは恥ずかしいとか言う人がいます。

まず、中学3年間で習う英語でどれくらいの表現力があるのか一例をあげると、教科書にマザーテレサの一生について数ページに渡ってかなり細かく描写されています。

つまり中学英語で人の一生について語れるほどの記述力があるわけです。

英語(外国語)の勉強法はざっくり2つに分かれて、ひとつは対象言語が使われている言語空間にどっぷりつかって実践的に身に着ける方法です。もうひとつは、文法をしっかり押さえてからそれを頼りに進む道です。

状況によってこの二つをまぜたりするのが普通ですが、幸か不幸か日本で暮らしている限り英語をなにがなんでも使わざるを得ない環境を作り出すのは難しいことが多いです。

なのでしっかり中学レベルの文法をマスターしたのち、インターネット英会話とか最近安いですので英語話者と会話の練習をするなど、工夫次第で日本にいながら英語をかなりのレベルにまで引き上げることは可能です。

やる気スイッチスクールIE野比校で私も教えていますので、お問い合わせお待ちしております。講師には海外でずっと(10年近く)語学教育していた者もおります。

あと中学の教科書は、地域ごとに指定された特定の書店でしか手に入りませんが、近くに中学校があるところなら必ずそういう書店もあるはずです。

 




(礼儀正しさ) Hello > Hi > Hey (親密さ)

NHKラジオ英会話に月1回ほど「English Conversation Literacy (英会話リテラシー)」という回があります。

そこでは、英会話の中にあるアメリカやイギリスの文化的ニュアンスが取り扱われます。

ごく普通の公教育を受けた日本人なら、タイトルにあるような挨拶の言葉の相互関係は気づいていると思うのですが、たとえば、いきなり初対面の目上の人に Hey って呼びかける勇気がある人はあまりいないのではないでしょうか。

それとか、How are you? と聞かれて、直訳すると「どんな具合ですか?」ですが、文化的にすでに”挨拶”の定型文になっているので、普通「実は消化不良で」とかは答えないとかその手の私のようにアメリカにいったこともないし日常的に英語の話者と接するわけではない普通の日本人にはとても習得するのが難しい字面通りではないニュアンスを勉強できます。

他には、たとえば入院しているひとにお見舞いに行ったら、How are you? ではなくHow do you feel?(具合はどうですか?)を使うとか。

もちろん、かなり親しく毎日話しているような間柄の友人には、私もふざけて、

「Aさん、どうもご無沙汰しております。その後いかがお過ごしでしょうか?」

なんてことを言って笑いをとりますが、日本語や文化の担い手である日本人としての、型破りであって、型を知っているうえで型破りをやって遊んでいるわけです。

そういうニュアンスや型にまで踏み込んだ英会話知識を身に着けられるラジオ英会話をおすすめしたいですね。

「はじめて読む6809」「はじめて読む8086」

「はじめて読む6809」は中学か高校生のときに買って、アセンブリ言語(マシン語)というものを初めて勉強しました。これとアセンブラを作っていく過程が本になったもの2冊とあわせて自力でアセンブリ言語でプログラミングをし始めたと思います。だだをこねてオヤジに買ってもらった富士通のFM-new7で原始的なゲームを書いたような気もします。

「はじめてよむ8086」は大学生になってアルバイトをしてEPSONのPC-286というPC98互換機を買ったのがきっかけで買いました。Intelの8086はたしかアドレッシング・モードが下位の原始的なCPUとの互換性確保のために汚かったのをうっすらと覚えています。へんな制限があったんですよね。

中学生からプログラミングって、それもアセンブリ言語でって、本人は好きだからやったまでですが、私もつくづく因果者だと思います。

とはいえ、もうすぐ小学校からプログラミングの授業がはじまるらしいですね。

 





断食のススメ

ヨガにハマって、一時期は62キロまで減量した私も立ちくらみとか弊害がでたので、BMI的なものから計算して70キロまでもどして、スーツとかオーダーメイドしました。この間3~4年の間の出来事ですね。

そんなこんなで油断していたら食事後体重74キロまで増えたので、70キロまでもどすために、いま断食1日目です。

やはり、煩悩具足の凡夫だけあって、ほうっておくと必要以上に食べますね。まぁ、おいしいってすごい快感ですからね(笑)。

で、いま断食一日目なんですが、もう72キロまで戻しました。いま70キロまでいっきに戻すか、思案しています。急激なダイエット(断食)はやはりよくないようですからね。

こんなの自慢になるのかわからないですが、私はたぶん食欲をコントロールすることが得意なんだろうなと思います。

「あ、とりあえず1日断食しよう」

と思ったとします。そうするともう空腹を意識レベルで感じなくなるんですね。たぶん無意識の意向としては、

「こいつの意固地さはハンパないから断食とか言い出したら絶対に食わないだろうから、意識レベルに空腹のシグナル送っても無駄だからやめよう」

的なしくみがシステムとしてみた心身の中で起こっているのではないかと思います。

最長で3日のあいだ固形物を食べない断食をしたことがあります、一切食欲を感じなくて、インターネットで調べたらいわゆる”飢餓モード”に心身が入っているらしく、それ以上やっても意味ないだろうと思ってやめました。

で、いまの日本ではすっごい痩せたい人が多いと思うので、アドバイスを送るとすれば、食欲を我慢するのも練習でうまくできるようになります。最初はすこしご飯やお菓子を減らすことから始めて、年単位で練習すれば絶対に食欲のコントロール力が向上することは経験者の私が保証しますので、がんばってください。

また、断食の効用は体重が減るだけじゃないです。

男性なら理解してくれると思うのですが、いいことしたあといわゆる”賢者モード”になりますよね?あれが断食中ずっとつづいていく感じで、非常に意識が澄んでいる感覚が続きます。もちろん知的作業とか肉体労働もできます。私は合気道の稽古にも断食中に行きましたが、適度に缶コーヒーで血糖値をコントロールしながらやってなんの問題もおきませんでした。ただ、もちろん自己責任でやってください。私は自分の体験からしか言えないし、医者でもないので自分はうまくいったと言えるだけです。

ソビエト軍から“白い死神”(белая смерть)と恐れられた、フィンランドの伝説のスナイパーであるシモ・ヘイヘさんも、インタビューで狙撃の秘訣を聞かれた際、ただ一言「練習だ」と答えたそうです。

何事も結局は練習です。

 




金持ちは四苦を免れる世の中になる

鈴木傾城さんのコラム(平等は存在しない。しかし、全人類は「四苦」で平等となる)に触発されて書いてます。

四苦は仏教の用語です。

四苦八苦の四苦(しく)。
生老病死(しょうろうびょうし)

生まれる苦しみ。

老いるという苦しみ。

病気になる苦しみ。

死ぬという苦しみ。

たしかに人は貧富や身分の差があってもこの四苦つまり、四つの究極のやなことから逃れられないという点からは平等ととらえることができます。

ただ、昔からうっすらと思っていたことですが、特に最近いろいろな情報に接していて強く感じるのは、

「これ、金持ちは死ななくなるだろ」

ということです。それはテクノロジー的にできるようになると思っています。具体的にどんなテクノロジーかはわかりませんが必ず少なくとも”金持ちほど死ににくくなる”という確信めいたものがあります。

とうぜん死ななくできるのなら、病気や老いも金しだいで克服できるはずです。

ただここでです。この生まれる苦しみにかかわってきますが、

「実はこの世って地獄的な場なんじゃないか」

という感想も持っています。

私はあの世があるのかなんて当然わかりませんが、最近シリコンバレー界隈で、”この世は仮想現実である”という説が流行りらしいです。あのテスラ・モーターズとかスペースXの偉い人のイーロン・マスクさんもこの世は仮想現実だと思っているそうです。

でです。高次元かなんかのあの世の罰ゲームとして地獄的なこの世に生まれているとしたら、その地獄に半永久的に固執しているのは、究極のバカといえなくもないですね。

死を前提として輝く生

Emacs 25.1.1をWindows10にインストール

2018年6月現在Emacs新バージョン26.1が出ています。

まずEmacsはコントロール・キーを多用するので、押しやすいCapsLockをControlに変えてしまう、Ctrl2capドライバをインストールしておきます。

つぎに、日本語IMEのインライン変換の不都合をなくすためのパッチがあたったNTEmacsをダウンロードします。

展開して、emacsディレクトリをProgram Filesにでも放り込んでおいてrunemacs.exeのショートカットをスタートメニューにでも作っておけばOK。仰々しいインストール作業はありません。

で、あとは設定ファイル~/.emacs.d/init.elに(環境変数HOMEにてホームディレクトリを指定)、

(global-set-key [kanji] 'toggle-input-method)

を書いておくとESCの下にある漢字キーで日本語IMEがトグル動作するようになります(Windowsでの通常動作。Emacs的にはC-\がデフォルト)。

Emacsのフレーム(ウィンドウ)の初期表示位置や大きさは以下のコードをいじってこれまたinit.elに入れとくと良いです。

;;; Frame size & position
(setq default-frame-alist
(append (list
;;'(foreground-color . "black")
;;'(background-color . "LemonChiffon")
;;'(background-color . "gray")
;;'(border-color . "black")
;;'(mouse-color . "white")
;;'(cursor-color . "black")
'(width . 100)
'(height . 61)
'(top . 0)
'(left . 500)
)
default-frame-alist))

私はフォントはあまりこだわらないほうなのですが、いろいろと設定すると好みにあったようにできるようです。

 


へんてこりんなポーズをするヨガは「創られた伝統」

さいきんWikipediaのヨガに関する記事が充実してきています。

また、いろいろなポーズをする現代流行っているハタ・ヨガに関する記事もあります。


健康やフィットネスを目的とするエクササイズとして20世紀後半に欧米で大衆的な人気を獲得したハタ・ヨーガは、多くの場合、単に“ヨーガ(ヨガ)”と呼ばれる。現在ハタ・ヨーガと呼ばれるものの多くは、19世紀後半から20世紀前半の西洋で発達した体操法などの西洋身体文化に由来し、インド独自の体系として確立した「新しいヨーガ」の系譜で、現代のハタ・ヨーガのアーサナは、伝統のハタ・ヨーガとのつながりは極めて薄いといわれる[6]。現代広く普及している、独特のポーズ(アーサナ)を練習の中心に据えたヨーガは「創られた伝統」であった[7]。(詳細は#現代のハタ・ヨーガを参照)


20世紀前半というと1920年前後ですかね。

まぁ、この記事が絶対に正しいという保証はないですが、私もいろいろなポーズをやりながら、

「ああ、たぶんラジオ体操でも真剣にやれば同じようなリラックス効果とか体へのいい効果は得られるんだろうな」

という感想を持っていたので、ありうることだなと思いました。

ただ、ハタ・ヨガのヘンテコリンなポーズはやっぱり少なくとも千年以上の歴史をもっていてほしかったです。正直言ってこの記事を読んでテンションが下がりました。

まぁ、気を取り直して自分のヨガを深めたいと思っています。