哲学入門

テツガクってなんだ?

というレベルの初心者の私でもよくわかるように書いてある書物です。

歴史上のいわゆる賢者的な人たちが何を考えて生きたのかがわかるように西洋哲学史がとても面白くわかりやすく紹介されています。

著者の飲茶さんの「どこでもドアの恐怖」についてのウェブページは一読の価値があります。単純に思考実験として面白いです。




私の履歴書

峯島雄治(みねじま ゆうじ)

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1969年生まれ(51歳)

神奈川県横須賀生まれの横須賀育ち。いままでほかの場所で暮らしたことはありません

中学ではサッカー部で、いわゆる”荒れた中学”に通っていました。

大学まで往復5時間かけて通っていたのはやせ我慢にもほどがあると今では反省しています。

独身

学歴

県立横須賀高校卒業

東京理科大学工学部Ⅰ部電気工学科卒業

所有資格

・英検準一級(大学卒業時点で一級の1次試験はパス)
eiken
・TOEIC 910点
toeic

英語で会話したことはそれほどなかったんですが、結構通じるものだなと思いました

中学生のときくらいから20代いっぱいプログラミングをしていました。

20代は主にフリーソフトウェアをプログラミングしておりました。

30代で精神系の大病(夏目漱石と同じ病)をして10年間闘病生活をしていました。

40代で塾講師ヨガ合気道を始めました。

塾講師ヨガは今でも続けています。合気道は休会しています。

50年近くなる自分の半生を振り返って思うのは、結果がだせていないのが痛いと思います。

いまは楽しい友達なんかとよろしくやっています

最近は数学が面白くなってきました

 

わたしはワーキング・クラス出身

長崎玄弥式の英単語記憶術について

長崎玄弥さんが提唱した英単語記憶術が私には有効だったことは過去に書きました

この記憶術はどんなものかというと英単語、例えば”apple”を見たり聞いたりしたら瞬時に(時間は短ければ短いほどよいのですが)頭の中に”りんご”と浮かぶように脳をトレーニングするのです。

端的に言ってこの記憶術がもっとも威力を発揮するのは英単語の意味が1対1で日本語に対応するときです。

普通の物を表す名詞なんかがもっともいい例です。

apple = りんご

fox = きつね

などです。

逆にあまりこの記憶術が向いていないのは複数の意味を持つ単語です。

複数の意味をもつ単語は、文脈でどの意味なのかが決まるので、単語だけ単独で見て瞬時に対応する日本語の意味を頭に浮かべるのは不可能なのです。

 

racketなんていう単語でさえテニスで使うようなラケット以外にも複数の意味を持ちます。もちろん手始めにracket=テニスなんかのラケットと覚えてもいいのですが、テニスのラケットとはほぼ何の関係もない、ほかの意味も頭に入れてあげなければなりません。
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racket
  •  [singular] (informal) a loud unpleasant noise
  • [countable] (informal) a dishonest or illegal way of getting money
  • (also racquet) [countable] a piece of sports equipment used for hitting the ball, etc. in the games of tennis, squash or badminton. It has an oval frame, with strings stretched across and down it. compare bat See related entries: Tennis
  • rackets, racquets [uncountable] a game for two or four people, similar to squash, played with rackets and a small hard ball in a court with four walls

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おすすめのPCスピーカー

初めに断っておくと、私はオーディオ・マニアではありませんし、スピーカーについても初心者ですし、音に関してはいままでけっこう無頓着でした。そんな私が友達に勧められてPC用に買ったのがこのスピーカーシステムです。

結論から言うと買ってよかったと思っています。何がよかったのかというと、低音を発生させるウーファーがすごく良いです。重低音の迫力とはこれほどのものかと思いました。重低音の振動がすごすぎて夜はボリュームを落とします。ドゥッドウッという感じで腹にこたえる音ですね。

私はゲームや映画、音楽、動画をPCで楽しむのですが臨場感がすごく増しました。

それに比べて2つの通常スピーカーについては、私はいままで使っていたPCに付属していたものとの違いはよく分かりません。でもすくなくとも音が悪くなったとは感じないですね。

注意点としては四角のウーファーのサイズがすこし大きいのでサイズは確認したほうがいいかもしれません。




仏教入門

仏教について自学するには、私個人としてはじかに原始仏教経典であるスッタニパータとダンマパダを読むことをお勧めしたいです。

でも入門書から入りたいという方のためにおすすめできるものを二冊紹介します。

一冊目は評論家の呉智英さんの「つぎはぎ仏教入門」です。

・「釈迦が生きていた時代には仏像はなかった」

・「釈迦が生きていた時代には坊さんが読経することはなかった。なぜなら”お経”なんてまだ無かったから。」

・「日本で普及している”仏教”は本当に釈迦が唱えたことを正しく伝えているのか」

・「仏教的に”愛”とはどういうふうに捉えられているのか」

など、初歩の初歩から読みやすく構成されているとおもいます。ただ、釈迦が何を悟ったかについての説明はやや生硬な感が否めません。ここら辺は次に紹介するものの方がこなれた説明になっています。


つぎの一冊は「ブッダ伝 生涯と思想」です。釈迦の人生を追いながら、弟子を獲得する様子とか、悟りとはどういうものか、悟った人とはどういう精神状態なのかなどが哲学者の中村元先生によりわかりやすく説かれています。中村先生は最初にあげた初期仏典スッタニパータやダンマパダから始まって膨大な原始仏教経典を翻訳されています。私は中村先生の翻訳した仏典で自分なりの釈迦はどういうことを言いたかったのかを理解しました。

究極の大人(おとな)とは

バカほど無敵になりやすい

ダニング=クルーガー効果


ダニング=クルーガー効果: Dunning–Kruger effect)とは、未熟あるいは能力の低い個人が、自らの容姿や発言・行動などを実際よりも高く評価してしまう認知バイアス。自己の「愚かしさ」を認識することのメタ認知(公正かつ冷静な振り返り)ができないことによって生じる[1]


以上、Wikipediaより引用です。

今まで生きてきた中で、いろいろな人と接してみて、昔から謎だったのが、

「この人はなんでそんなに自信満々で、確信に満ちているんだろう」

という人がいることでした。

私の無意識的な直観では対象分野でおそらく優秀でないと思われる人たちがその分野についてけっこう大きな顔をしているのが謎でした。

で、私もよせばいいのに、そういう自信満々の人はさぞ「わかっている人」たちなんだろうから、そういう人からの批判とか意見は尊重するべきなんだろうと、いちいち真に受けていました。

ただ、どうもこの歳になると、

「こいつら、もしかして俺よりわかってねぇんじゃねぇか…」

という思いがわいてくるようになりました。

まさにゲーテが言うように、

「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない。」

との思いが強いです。

無敵とかないから…

ヨガのバイブル:ヨーガ・スートラ

ヨーガ・スートラは結局ヨガとは何を目的としているのか、具体的にどんな段階を踏んでいくのかということが解説されているヨガのバイブル的書物です。

Wikipediaによると…


ヨーガ・スートラ』(瑜伽経、ゆがきょう、とも)はインド哲学の1派であるヨーガ学派の根本経典。成立は2-4世紀頃。パタンジャリによって編纂されたとされる。『スートラ』は『糸』の意味であり、糸のようにパタンジャリが説いた短い言葉を連ねたものである。

ヨーガとは心の働きを抑制することである」の定義から始まり、三昧に至るまでの具体的方法としての8階梯と、その背景にある思想が述べられる。


で、いろいろな訳本が出ているようですが私は次のものをヨガのティーチャー・コースで使って、わかりやすく理解できました。


ヨガは、なんのためにヘンテコリンなポーズをするのか、それは心の動きを止めるためです。それができれば偏見や感情など正しい判断の阻害要因となるものを止めて、理性のみでものごとを判断できるようになります。智慧ですね。

仏教的には瑜伽経と呼ばれ、つまりお経として扱われております。

日本人にもおなじみの空海もこのお経を重要視していたようで、


小林良彰『空海とヨガ密教』(学習研究所, 2007) p.114

『空海は真言密教の行法を求めて唐に渡った』というのは、狭い考え方である。正確に言うと、『瑜伽経の内容を含めて、あらゆる行法を求めて』、『誰か良師はいないか』と期待して渡唐したのではないか。(略) 空海はこの経典に対して深い思い入れがあった。それを示すことが二つある。ひとつは『高野山金剛峰寺』という寺号である。『瑜伽経』の正式名が『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経』となっているから、その頭文字をとったのである。その意味では、高野山は『瑜伽経』を表現する場所であった」


だそうです。

簡単な年表

紀元前2500年頃 インダス文明において、ヨガの起源発生
紀元前1000年頃 ウパニシャッド聖典にヨガという言葉が記される
紀元前 500年頃 釈迦が生きた時代
       400年頃 パタンジャリのヨーガ・スートラ(瑜伽経)が成立
       800年頃 空海がヨガを瑜伽(ユガ)として日本へ伝える
     1300年頃 ハタヨーガ大成

 




実家

作家の色川武大さん、エンターテイメント系の麻雀放浪記の阿佐田哲也といったほうが有名ですが、私は色川さんの小説やエッセイをほぼ全部読んだことがあるんですが、この人も働かないことで有名で(笑)、いろいろなことをやっていた人なんですが、基本疲れると実家で死んだように寝ていたようです。まぁ、厳密にいうと晩年ナルコレプシーという精神疾患にくるしんでいたので、精神的にいろいろあった人かもしれません。(若い博徒時代に唐辛子中毒だったという逸話は失礼ですが笑ってしまいました)

で、あるとき色川さんがなじみの色街をぶらついていたら、以前の会社の同僚がサンドイッチマンをしていたそうです。まぁ、冷静に見て零落していたと。色川さんに気が付いてその人は照れくさそうにおどけてみせたそうですが、内心いろいろあったのは想像に難くないでしょう。

そのとき色川さんも

「俺もくすぶっていられる実家がなければ…」

と思ったそうです。

私もいま実家暮らしですがたぶん実家がなければ今頃は犯罪者として刑務所か精神病院で隔離状態に置かれていただろうと思っています。それほど20代での精神状態は悪いものでした。

ですから、いまの若い人もニートだなんだと悪口を言われるかもしれませんが、ニートだって犯罪者や精神病になるよりは、実家でくすぶっていられるならそっちのがましだということをお伝えしたいです。


阿佐田さんの出世作になった「麻雀放浪記」は小説はもちろん自信をもっておすすめできますが、映画化もされてこれがなんともいえないほどの出色の出来です。加賀まりこさんがものすごく美しいです。Amazon Prime ビデオに入っているらしいので、Prime会員は無料で視聴できるはずです。




私が授業中にやること

まず、授業が始まって生徒の顔つきや様子、私への態度などでそのときの疲れ具合とか精神状態をみて今日はどこまで生徒のパフォーマンスがでるか察します。

で、生徒や親御さんが望んでいるのは成績が上がることつまりテストで点をとることなので、問題演習を中心に授業を進めます。

最初に生徒のやりたい単元や問題を尋ねることが多いです。「やりたい」という欲望はとても大切なのでそれを大切にして生徒の希望をメインの単元にします。

で、学校でもう勉強したのかとか多少のやりとりをしたり、生徒の大まかな適性を考慮して、いまはここらへんが解けるのかなぁという難易度の問題を数題解いてもらいます。

次に、その問題を解いて見せるんですが、私がその問題を解くときに頭で起こっていることを実況中継します。生徒の回答が間違っていたら解説したりしながら、だんだんとその日の授業で生徒にマスターしてもらいたい目標を定めて、生徒につげます。

大事にしているのは、欲張りすぎず、でも可能な限り生徒の頭に数学的な理屈から構築された多面的に理解された概念を作り出すことです。

授業中の私は極度の集中状態にあって、どうしたら生徒の学力があがるかだけをすごいスピードで考え続けています。それにはすこし冗談をいったほうがいいのかとか、励ますべきなのかとか、どの問題集のどの問題を解いてもらえばいいのかとか、また、私が自分で即興でピンポイントでマスターしてほしい課題が入った問題を考えることもあります。

で、授業中には生徒が親御さんに見せる授業の報告書も書きます。こちらも「商品」ですのでできるだけ丁寧に何を勉強したかを、ときには文字に色をつけたりしながらびっしりと書きます。親御さんへの要望を書いたりすることもあります。

そういうわけで、1コマ生徒2人で1時間半の授業を終えると、心地よいのですがものすごい精神的に消耗します。

まぁ、これは一例で、塾の授業にはちゃんとくるけど、授業はまったくやる気がない生徒とかいろいろなタイプの生徒がいますので内容は数パターンあります。

自分は絶対に犯罪者やホームレスにならないと思っている人たちへ

私にいろいろな事象の確率を操れる能力を与えてもらえれば、あなたたちの弱点を血眼になって調べてから、ひとつ、またひとつと確率論的にごくわずかに起こり得る(つまり因果律的に不自然ではない)

「不運な出来事」

を起こしていって、あなたたちの精神や身体にワンステップずつしかるべき順序で長期間に渡ってダメージを与えることにより、最終的に犯罪者やホームレスにできる自信があります。

つまり、何が言いたいかというと、重罪犯の裁判の判決文を読むのが趣味の友人のTさんと話したり、自分の身の回りなんかを見てみても、

「そりゃ、そういう境遇におかれたら、やらかしかねませんな」

という人たちが一定数いるということを言いたいです。

人間は無限の可能性を秘めているなんてことを良い意味でいう人がいますが、それなら悪いほうに転ぶ可能性も無限だと思います。

文筆家の小田嶋隆さんが書いていたと思いますが、「人権」という概念はほうっておいたら獣以下の扱いをうけてしまうだろう人たちのためにあるようなものだと言っていましたが、私も人権というものを尊重するのならせめてそういう人たちにも人権を認めるべきであろうと考えています。そういう化け物じみた存在にも人間はしかるべきスイッチを押していけばなってしまうと私は思います。

ただ、

「今の我々の社会では、そういう化け物的な人の存在は扱いきれないから申し訳ないがあんた死んでくれ、あんたを生かしておくにはあまりにも弊害が大きすぎる」

ということで、死刑というものがあるのかなぁと思っています。