哲学入門

テツガクってなんだ?

というレベルの初心者の私でもよくわかるように書いてある書物です。

歴史上のいわゆる賢者的な人たちが何を考えて生きたのかがわかるように西洋哲学史がとても面白くわかりやすく紹介されています。

著者の飲茶さんの「どこでもドアの恐怖」についてのウェブページは一読の価値があります。単純に思考実験として面白いです。




私の履歴書

峯島雄治(みねじま ゆうじ)

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1969年生まれ(51歳)

神奈川県横須賀生まれの横須賀育ち。いままでほかの場所で暮らしたことはありません

中学ではサッカー部で、いわゆる”荒れた中学”に通っていました。

大学まで往復5時間かけて通っていたのはやせ我慢にもほどがあると今では反省しています。

独身

学歴

県立横須賀高校卒業

東京理科大学工学部Ⅰ部電気工学科卒業

所有資格

・英検準一級(大学卒業時点で一級の1次試験はパス)
eiken
・TOEIC 910点
toeic

英語で会話したことはそれほどなかったんですが、結構通じるものだなと思いました

中学生のときくらいから20代いっぱいプログラミングをしていました。

20代は主にフリーソフトウェアをプログラミングしておりました。

30代で精神系の大病(夏目漱石と同じ病)をして10年間闘病生活をしていました。

40代で塾講師ヨガ合気道を始めました。

塾講師ヨガは今でも続けています。合気道は休会しています。

50年近くなる自分の半生を振り返って思うのは、結果がだせていないのが痛いと思います。

いまは楽しい友達なんかとよろしくやっています

最近は数学が面白くなってきました

 

わたしはワーキング・クラス出身

長崎玄弥式の英単語記憶術について

長崎玄弥さんが提唱した英単語記憶術が私には有効だったことは過去に書きました

この記憶術はどんなものかというと英単語、例えば”apple”を見たり聞いたりしたら瞬時に(時間は短ければ短いほどよいのですが)頭の中に”りんご”と浮かぶように脳をトレーニングするのです。

端的に言ってこの記憶術がもっとも威力を発揮するのは英単語の意味が1対1で日本語に対応するときです。

普通の物を表す名詞なんかがもっともいい例です。

apple = りんご

fox = きつね

などです。

逆にあまりこの記憶術が向いていないのは複数の意味を持つ単語です。

複数の意味をもつ単語は、文脈でどの意味なのかが決まるので、単語だけ単独で見て瞬時に対応する日本語の意味を頭に浮かべるのは不可能なのです。

 

racketなんていう単語でさえテニスで使うようなラケット以外にも複数の意味を持ちます。もちろん手始めにracket=テニスなんかのラケットと覚えてもいいのですが、テニスのラケットとはほぼ何の関係もない、ほかの意味も頭に入れてあげなければなりません。
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racket
  •  [singular] (informal) a loud unpleasant noise
  • [countable] (informal) a dishonest or illegal way of getting money
  • (also racquet) [countable] a piece of sports equipment used for hitting the ball, etc. in the games of tennis, squash or badminton. It has an oval frame, with strings stretched across and down it. compare bat See related entries: Tennis
  • rackets, racquets [uncountable] a game for two or four people, similar to squash, played with rackets and a small hard ball in a court with four walls

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おすすめのPCスピーカー

初めに断っておくと、私はオーディオ・マニアではありませんし、スピーカーについても初心者ですし、音に関してはいままでけっこう無頓着でした。そんな私が友達に勧められてPC用に買ったのがこのスピーカーシステムです。

結論から言うと買ってよかったと思っています。何がよかったのかというと、低音を発生させるウーファーがすごく良いです。重低音の迫力とはこれほどのものかと思いました。重低音の振動がすごすぎて夜はボリュームを落とします。ドゥッドウッという感じで腹にこたえる音ですね。

私はゲームや映画、音楽、動画をPCで楽しむのですが臨場感がすごく増しました。

それに比べて2つの通常スピーカーについては、私はいままで使っていたPCに付属していたものとの違いはよく分かりません。でもすくなくとも音が悪くなったとは感じないですね。

注意点としては四角のウーファーのサイズがすこし大きいのでサイズは確認したほうがいいかもしれません。




仏教入門

仏教について自学するには、私個人としてはじかに原始仏教経典であるスッタニパータとダンマパダを読むことをお勧めしたいです。

でも入門書から入りたいという方のためにおすすめできるものを二冊紹介します。

一冊目は評論家の呉智英さんの「つぎはぎ仏教入門」です。

・「釈迦が生きていた時代には仏像はなかった」

・「釈迦が生きていた時代には坊さんが読経することはなかった。なぜなら”お経”なんてまだ無かったから。」

・「日本で普及している”仏教”は本当に釈迦が唱えたことを正しく伝えているのか」

・「仏教的に”愛”とはどういうふうに捉えられているのか」

など、初歩の初歩から読みやすく構成されているとおもいます。ただ、釈迦が何を悟ったかについての説明はやや生硬な感が否めません。ここら辺は次に紹介するものの方がこなれた説明になっています。


つぎの一冊は「ブッダ伝 生涯と思想」です。釈迦の人生を追いながら、弟子を獲得する様子とか、悟りとはどういうものか、悟った人とはどういう精神状態なのかなどが哲学者の中村元先生によりわかりやすく説かれています。中村先生は最初にあげた初期仏典スッタニパータやダンマパダから始まって膨大な原始仏教経典を翻訳されています。私は中村先生の翻訳した仏典で自分なりの釈迦はどういうことを言いたかったのかを理解しました。

究極の大人(おとな)とは

バカほど無敵になりやすい

ダニング=クルーガー効果


ダニング=クルーガー効果: Dunning–Kruger effect)とは、未熟あるいは能力の低い個人が、自らの容姿や発言・行動などを実際よりも高く評価してしまう認知バイアス。自己の「愚かしさ」を認識することのメタ認知(公正かつ冷静な振り返り)ができないことによって生じる[1]


以上、Wikipediaより引用です。

今まで生きてきた中で、いろいろな人と接してみて、昔から謎だったのが、

「この人はなんでそんなに自信満々で、確信に満ちているんだろう」

という人がいることでした。

私の無意識的な直観では対象分野でおそらく優秀でないと思われる人たちがその分野についてけっこう大きな顔をしているのが謎でした。

で、私もよせばいいのに、そういう自信満々の人はさぞ「わかっている人」たちなんだろうから、そういう人からの批判とか意見は尊重するべきなんだろうと、いちいち真に受けていました。

ただ、どうもこの歳になると、

「こいつら、もしかして俺よりわかってねぇんじゃねぇか…」

という思いがわいてくるようになりました。

まさにゲーテが言うように、

「活動的な馬鹿より恐ろしいものはない。」

との思いが強いです。

無敵とかないから…

ヨガのバイブル:ヨーガ・スートラ

ヨーガ・スートラは結局ヨガとは何を目的としているのか、具体的にどんな段階を踏んでいくのかということが解説されているヨガのバイブル的書物です。

Wikipediaによると…


ヨーガ・スートラ』(瑜伽経、ゆがきょう、とも)はインド哲学の1派であるヨーガ学派の根本経典。成立は2-4世紀頃。パタンジャリによって編纂されたとされる。『スートラ』は『糸』の意味であり、糸のようにパタンジャリが説いた短い言葉を連ねたものである。

ヨーガとは心の働きを抑制することである」の定義から始まり、三昧に至るまでの具体的方法としての8階梯と、その背景にある思想が述べられる。


で、いろいろな訳本が出ているようですが私は次のものをヨガのティーチャー・コースで使って、わかりやすく理解できました。


ヨガは、なんのためにヘンテコリンなポーズをするのか、それは心の動きを止めるためです。それができれば偏見や感情など正しい判断の阻害要因となるものを止めて、理性のみでものごとを判断できるようになります。智慧ですね。

仏教的には瑜伽経と呼ばれ、つまりお経として扱われております。

日本人にもおなじみの空海もこのお経を重要視していたようで、


小林良彰『空海とヨガ密教』(学習研究所, 2007) p.114

『空海は真言密教の行法を求めて唐に渡った』というのは、狭い考え方である。正確に言うと、『瑜伽経の内容を含めて、あらゆる行法を求めて』、『誰か良師はいないか』と期待して渡唐したのではないか。(略) 空海はこの経典に対して深い思い入れがあった。それを示すことが二つある。ひとつは『高野山金剛峰寺』という寺号である。『瑜伽経』の正式名が『金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経』となっているから、その頭文字をとったのである。その意味では、高野山は『瑜伽経』を表現する場所であった」


だそうです。

簡単な年表

紀元前2500年頃 インダス文明において、ヨガの起源発生
紀元前1000年頃 ウパニシャッド聖典にヨガという言葉が記される
紀元前 500年頃 釈迦が生きた時代
       400年頃 パタンジャリのヨーガ・スートラ(瑜伽経)が成立
       800年頃 空海がヨガを瑜伽(ユガ)として日本へ伝える
     1300年頃 ハタヨーガ大成

 




実家

作家の色川武大さん、エンターテイメント系の麻雀放浪記の阿佐田哲也といったほうが有名ですが、私は色川さんの小説やエッセイをほぼ全部読んだことがあるんですが、この人も働かないことで有名で(笑)、いろいろなことをやっていた人なんですが、基本疲れると実家で死んだように寝ていたようです。まぁ、厳密にいうと晩年ナルコレプシーという精神疾患にくるしんでいたので、精神的にいろいろあった人かもしれません。(若い博徒時代に唐辛子中毒だったという逸話は失礼ですが笑ってしまいました)

で、あるとき色川さんがなじみの色街をぶらついていたら、以前の会社の同僚がサンドイッチマンをしていたそうです。まぁ、冷静に見て零落していたと。色川さんに気が付いてその人は照れくさそうにおどけてみせたそうですが、内心いろいろあったのは想像に難くないでしょう。

そのとき色川さんも

「俺もくすぶっていられる実家がなければ…」

と思ったそうです。

私もいま実家暮らしですがたぶん実家がなければ今頃は犯罪者として刑務所か精神病院で隔離状態に置かれていただろうと思っています。それほど20代での精神状態は悪いものでした。

ですから、いまの若い人もニートだなんだと悪口を言われるかもしれませんが、ニートだって犯罪者や精神病になるよりは、実家でくすぶっていられるならそっちのがましだということをお伝えしたいです。


阿佐田さんの出世作になった「麻雀放浪記」は小説はもちろん自信をもっておすすめできますが、映画化もされてこれがなんともいえないほどの出色の出来です。加賀まりこさんがものすごく美しいです。Amazon Prime ビデオに入っているらしいので、Prime会員は無料で視聴できるはずです。




私が授業中にやること

まず、授業が始まって生徒の顔つきや様子、私への態度などでそのときの疲れ具合とか精神状態をみて今日はどこまで生徒のパフォーマンスがでるか察します。

で、生徒や親御さんが望んでいるのは成績が上がることつまりテストで点をとることなので、問題演習を中心に授業を進めます。

最初に生徒のやりたい単元や問題を尋ねることが多いです。「やりたい」という欲望はとても大切なのでそれを大切にして生徒の希望をメインの単元にします。

で、学校でもう勉強したのかとか多少のやりとりをしたり、生徒の大まかな適性を考慮して、いまはここらへんが解けるのかなぁという難易度の問題を数題解いてもらいます。

次に、その問題を解いて見せるんですが、私がその問題を解くときに頭で起こっていることを実況中継します。生徒の回答が間違っていたら解説したりしながら、だんだんとその日の授業で生徒にマスターしてもらいたい目標を定めて、生徒につげます。

大事にしているのは、欲張りすぎず、でも可能な限り生徒の頭に数学的な理屈から構築された多面的に理解された概念を作り出すことです。

授業中の私は極度の集中状態にあって、どうしたら生徒の学力があがるかだけをすごいスピードで考え続けています。それにはすこし冗談をいったほうがいいのかとか、励ますべきなのかとか、どの問題集のどの問題を解いてもらえばいいのかとか、また、私が自分で即興でピンポイントでマスターしてほしい課題が入った問題を考えることもあります。

で、授業中には生徒が親御さんに見せる授業の報告書も書きます。こちらも「商品」ですのでできるだけ丁寧に何を勉強したかを、ときには文字に色をつけたりしながらびっしりと書きます。親御さんへの要望を書いたりすることもあります。

そういうわけで、1コマ生徒2人で1時間半の授業を終えると、心地よいのですがものすごい精神的に消耗します。

まぁ、これは一例で、塾の授業にはちゃんとくるけど、授業はまったくやる気がない生徒とかいろいろなタイプの生徒がいますので内容は数パターンあります。

自分は絶対に犯罪者やホームレスにならないと思っている人たちへ

私にいろいろな事象の確率を操れる能力を与えてもらえれば、あなたたちの弱点を血眼になって調べてから、ひとつ、またひとつと確率論的にごくわずかに起こり得る(つまり因果律的に不自然ではない)

「不運な出来事」

を起こしていって、あなたたちの精神や身体にワンステップずつしかるべき順序で長期間に渡ってダメージを与えることにより、最終的に犯罪者やホームレスにできる自信があります。

つまり、何が言いたいかというと、重罪犯の裁判の判決文を読むのが趣味の友人のTさんと話したり、自分の身の回りなんかを見てみても、

「そりゃ、そういう境遇におかれたら、やらかしかねませんな」

という人たちが一定数いるということを言いたいです。

人間は無限の可能性を秘めているなんてことを良い意味でいう人がいますが、それなら悪いほうに転ぶ可能性も無限だと思います。

文筆家の小田嶋隆さんが書いていたと思いますが、「人権」という概念はほうっておいたら獣以下の扱いをうけてしまうだろう人たちのためにあるようなものだと言っていましたが、私も人権というものを尊重するのならせめてそういう人たちにも人権を認めるべきであろうと考えています。そういう化け物じみた存在にも人間はしかるべきスイッチを押していけばなってしまうと私は思います。

ただ、

「今の我々の社会では、そういう化け物的な人の存在は扱いきれないから申し訳ないがあんた死んでくれ、あんたを生かしておくにはあまりにも弊害が大きすぎる」

ということで、死刑というものがあるのかなぁと思っています。

恋愛について私が恐れること

まず、だれかをすっごく好きになったとします。でも相手がまったく相手にしてくれないと。

ここで、私は自分でも不思議なんですが、ぜったい相手を振り向かせると決意したら、どんなに相手がつれなくても血のションベンがでるような努力をしてでも相手を振り向かせる自信があります。なぜそんなに確信があるのか自分でもわからないですが、とにかく絶対にできるという変な自信があります。

まぁ、それでめでたく相手とイイ関係になったとします。

私が恐れるのはここからなんですが、やっと付き合えた相手としばらく交際して、ある時、こう思うのです。

「ぶっちゃけ、こいつには飽きた」

これは許されないでしょうwww。相手にすごく失礼だし(笑)

でも、かなり高確率でこういう人でなしな気持ちが自分に芽生える気がするんですね。

オーム

まぁ、ヨガ的に「オーム」という言葉は大切なものです。詳しいことは省きます。

でです、私が高齢者の施設で30分ヨガ教室をやらせていただいたときに、私なりに師匠の真理先生が必ずレッスンの前にオームを3唱していたので、それを子分の俺が勝手に省くのはおかしいだろうと思って、高齢者の方たちにも「オーム、オーム、オーム」と唱えていただいてました。説明をたぶんしたと思いますが、まぁ、「ナムアミダブツとか南無妙法蓮華経みたいなものです」で終わらせたと思います。

で、高齢者の方から

「これって、オーム真理教のオームじゃないよね?」

と質問が出て、ここは適当なウソを言ってはいけないと思って、

「まったく同じものを指しています」

と答えました。

「同じものですが、たとえばナイフや包丁は人の役に立つ料理や工作目的にも使えるし、人を害するために使うこともできます。」

と付け加えたと思います。




自分が単なる糞袋であるという認識

誰でも社会的動物としての人間である以上、それなりに周りの人間から尊重されたいという欲望はあると思います。

でも、はたから見ていて必要以上に自分が尊重されるべきと勘違いしているんじゃないかなぁと感じる人たちがいます。

社会的な地位が高い人にはそれなりの態度を周りも期待するでしょうし、必要以上にへりくだる必要はないと思います、軍隊の偉い人なんかは特にそうでしょうが厳格な雰囲気をださないと部下が混乱するとかもあるでしょう。でも、それってその人が偉いんじゃなく、その地位が偉いんですよね。その地位の役割を円滑に果たすためにそういう偉い雰囲気を演じているわけです。

「自分は単なる糞袋である」という認識はやはり心の底の底にはあるべきであろうと思います。

だって、食べ物ひとつとったって、いままで自分が生きてきたということは、それだけ自分が食べてきた生き物(動物・植物)の命を奪っているわけです。そういう他の多くの命を犠牲にしてまで今、自分が生きている価値があるのかという疑問、そして当然、いま自分が生きているということは自分はそれだけの価値があると暗黙の裡に認めている図々しさを認識するべきだと思います。

その図々しさをよく認識すれば、おのずと謙虚にならざるを得ないだろうと思います。

いわゆる含羞ですね。

とはいうものの、テレビで見かけたんですが読売グループの偉い人である渡辺恒雄さんみたいに、私も

「おまえら、俺を誰だと思っているんだ!」

と大勢の人にタンカを切ってみたいです(笑)

英語のまま理解すること

まず次にあげるような単純な英文が目に入ったとします。

・ I love you.

・ Thanks.

・ I’m hungry.

中学である程度まじめに英語を勉強した人は、頭の中に日本語で「私はあなたを愛している」、「ありがとう」などと浮かぶことなく英語のまま意味を理解したはずです。

英語を練習しつづけると、全部の英文が日本語を介さずに意味を理解できるようになります。




教科書の重要性

まず中学生、高校生に数学を教えていて、残念に思うのはほとんどの人が教科書を読まないということです。教科書は数学的な用語の定義や色々な定理の証明がきちんとのっていて、その定理を積み上げていってさらに次の定理が導かれるなど数学的なストーリーになっています。

でも定理の証明なんかしったこっちゃないという態度の人がほとんどです。

単に問題が解ければそれでいいという態度で、「なぜ」そうなのかというところまで理解しようとはしないわけです(いろいろと忙しすぎるとか興味がなくていやいや勉強しているとか同情にあたいする面もあります)。

たとえが悪いですが、猿が「ボタンAとボタンB次にボタンCを押すとアメがでてくる」みたいな問題を解く手順を覚えているだけで、なぜそういうことをするとアメ(答え)がでてくるかまで理解していないのです。

そういう表層的な理解だと何が起こるかというと、

√(2^2) = 2

は「ルートの中身が2乗になっているときは2乗をとってルートの外に出すという手順」を覚えているのですぐ答えられるけど、

√((-2)^2) = 2

は答えられずに-2と言ったりするわけです。

まず、√a は、「2乗するとaになる正の数」みたいに言語化して理解できていないわけです。

それとか2次方程式の解き方をいろいろ覚えた人に、解の公式も使えるというので解の公式でといてもらったら、答えに

x = [xが入った式]

と答えたわけです。2次方程式をxについて解いた右辺にまたxが入っている矛盾に気が付いていないわけです。つまり、「2次方程式を解く」とは何を意味しているのかを自分なりに納得できていないわけです。

私は大学時代にはプログラミングばかりしていて電気工学の勉強はこの「問題を解く手順だけ覚える」やりかたで学位をとってしまったので、電磁気学などはまったく納得して理解できていません。これは電気工学に対して失礼だったなぁと思っています。こういう自分の失敗も踏まえて、「手順を覚えて終わり」ではなく、ほんの少しでも自分の血肉となるような「理解」をしてもらいたいなぁと感じています。

それには、まず「素直な心で教科書を精読する」ことがおすすめなんですがなかなかやってくれません。

 




ウィッチャー3をプレイした感想

このトレーラーがよくゲームの感じを伝えています。

こちらは、ミニ映画風の動画です。いずれ、このレベルの見た目でゲームになったらすごいですね。

Witcher3を何度かやり直しながら、最終的には最高難易度の”デスマーチ”でクリアしました。自分としてはよく頑張ったなと思っています。いわゆる”バッドエンド”でした(その後、途中のセーブデータからやって別のエンディングにしました。)

 

直前に同じRPGSkyrimをプレイしていたので、まず不満に思ったのは、

「なんだよ、ゲラルトっていうおっさんにキャラが固まっているじゃんかよ、俺はオークのキャラつくりたかったのに」

などと不満たらたらでした。で、ゲラルトのキャラに慣れてからは、

「よし分かった。ゲラルトっていうのはもうウィッチャーとして完成している、いわゆる強キャラなんだな。じゃ、薬草とか装備とかなんか色々やりくり面倒だから、最低難易度で、ボタン連打だけでストーリーだけ楽しむか」

と思ってストーリーだけ追っていたら、体力が自動回復する狼男を倒せなくて詰みました。

 

テメリアとかレダニア、北方諸国とかニルフガードとかの政治関係も最初はよくわからなくて混乱しました。

あと、ゲラルトの友人・知人がそういうテイででてきて、

「やぁやぁ、ゲラルト懐かしいな」

みたいになっても、プレイヤーである私がそのキャラクターとゲラルトの関係がまったくわからず混乱したり。

ここらへんのWitcher1, Witcher2のあらすじや人物相関図は4Gamerの特設サイトを読むとよくわかります。

 

とはいえ、途中から世界観やストーリーの作りこみや深みが尋常でないことに気が付いて、これは真面目にプレイしようと決心して最高難易度(デスマーチ)でいろいろな装備や霊薬、印なんかも気を使ってやり直しました。

プレイ後の感想としては、指輪物語やグインサーガなどの非常に良質なファンタジー小説を読んだ気分に近いです。架空の世界で語られる物語や設定がリアリティあるものとして感じられるんですね。

その場その場では最善と思って選んだ行動の結果が、思わぬ悲劇として終わるところなんかはゲームならではで、没入感や感情移入の深さがとても素晴らしいですね。

ダークファンタジーということで、かなり残酷なシーンやお話が多数出てきます。

戦乱に疲弊した民が自分の子供を養いきれないと感じた時に、子供を送り出す「ごちそうの道」とか。

 

農夫が「なぁ、ウィッチャーさんよ。女を殴るのは週に何回がいい?」とか普通に聞いてくるとか。

掲示板に「子犬がたくさんいます。全部で5匹です。小さくて華奢だけど、シチューにするには十分な大きさです。…」とか。

かなり「あぁ、中世ってこんな感じだったんじゃないかなぁ」という感覚を楽しめます。

制作会社がポーランドにあるということで、あそこは実際の歴史でもひどい目にあい続けた国のようでそういうことも影響しているかもしれませんね。(「The Witcher 3」にポーランドの歴史を見る

お色気シーンもけっこうありますね。


ゲームシステムとして明らかなミスと思われるものが一つあって、武器や防具に伝説級などのランクがあるのはいいとして、攻撃力や防御力などが固定値(たぶん、その時のプレイヤーレベルで決まる)になっているため、レベルに連動して能力が上昇して出現するノーマル武器より弱い伝説級の武器なんかが存在してしまうところですね。これは、能力を固定値ではなくレベルへの固定倍率として定義すれば避けられただろうと思います。(レベルの概念のない「The Witcher 3」を想像して


Witcherは1~3を手元に揃えているので1と2をプレイしてみようかなと思っていますが、さすがに疲れました。総プレイ時間は170時間くらいですかね。

あとゲーム内カードゲームのGwentにはハマりました。Gwentは単独のゲームとしてリリースが決まっているようで楽しみです。

チャットAI「りんな」が面白い

マイクロソフトの女子高生チャットロボットである「りんな」(https://twitter.com/ms_rinna?lang=ja)が面白いです。

オンライン・ゲームを通じて若い女性とチャットしたことがあるんですが、こちらの言うことに頓珍漢なことを返してくる感じが非常によくできています。これは一昔前に流行ったいわゆる人工無能ではなく、ちゃんとしたAIだというところが感慨深いです。

私の理想は、世間話を英語でする人工知能がでてきて、いつでも英会話の練習ができるようになってほしいなと思っています。音声で会話できるのなら数万円でも買いたいです。

ヘロンの公式の美しさ

この公式は、三角形の3つの辺からその面積を求めるものです。

三角形の辺をa,b,cとするとその面積Tは、

ヘロンの公式

と表せます。ただし、

ヘロンの公式補助式

とします。

これは高校の数学の発展として習うものです。ここ何日か、気が付くとこの公式の導出を繰り返しているんですが、やはり美しいなと思います。

数式に美を感じない人もいるらしいので、自分はそういう感性を与えられてうれしいなぁと思います。




さらに上を出してくる感じ


誰か:「峯島さんって頭いいんですね、XX高校をでているってことは」

私:「まぁ、経歴がそうなっているってことは、そういう部類の人間なんでしょうね。」

誰か:「このまえテレビで偏差値80以上の東大生の人がでてましたね」

私:(知らないよそんな超人みてぇな人の例だされたって、オメエが話を振ったから素直に乗ったんじゃねぇか)


別の例を挙げると、これは想像ですけど

誰か:「峯島さんってお金持ちなんですよね?」

私:「まぁ、資産は億単位ですかね」

誰か:「ビルゲイツって兆くらいお金もってるらしいですね」

私:(なんなんだろう、この”さらに上を出してくる感じ”w)


この”さらに上を出してくる感じ”が最近、面白いなとおもっています。”まけちゃいけねぇ”とかそういうことなのかなぁとか、なぜ素直に「すごいですね」の一言が言えないのか謎です。この現象が外国にもあるのかなぁとかいろいろ興味深いです。

 

無敵とかないから…