日本のファッション雑誌に外国人ばかりを使うのは疑問

英語の本城先生 もおっしゃっていますが、日本人が見るファッション雑誌に外国の人をモデルとして使われると、読む側としてはかなり参考になりにくいです。(東洋人は参考になります)




この世は基本闘い

例えば、普通の人はゴキブリを見つけたら気軽に叩き殺すでしょう。これはゴキブリに目立った物理的戦闘力がないからで、でかいスズメバチを見て気軽に殺そうと思い実行できる人は少ないでしょう。(実はゴキブリの戦闘力はその生命力だと思いますがここでは置いておきます)

やっぱり生き物として生きている以上、対象の持つ戦闘力を見極める訓練は一生続くのでしょう。

この場合の戦闘力は、人間社会ほど高度に複雑化した文明を持つと、財産や社会的地位、容姿の美醜、持っているスキルなどかなり多様化しています。

ただ人間関係の中でいろいろなうわべを取っ払うと根本にあるのはこのいろんな意味での戦闘力の緊張関係だと思います。

じゃあ私のお気に入りの釈迦の戦闘力は何かと行ったら、口先のうまさと、聖者を演じきる精神力、それと自分をブッダだと宣伝してしまう図々しさだと思います。(私は釈迦は偉大な人物であり「仏陀」であろうと思っていますが{釈迦本人もそう思っていたはずです}、別の切り口から見てみると、口先のうまい乞食だと思っています)

で、私のことを語れば、基本ノーガードで人に接するんですが、やはり舐められて殴られることが多いですね。で、殴られてもいいんですけど、やっぱり心の底の底に俺様が住んでいるので、相手のパンチが俺様にまでとどいてしまうと暴れ出して制御に困ります。

そんな時は、基本その状況を離れます。