善意の疫病神と悪意の幸運の女神

ある若い女性が金持ちの年寄り男性をいつか毒殺しようと思って結婚したとします。まぁ、よくある金目当ての結婚ですね。で、いつか毒殺しようとは思っているけど、バレちゃかなわないんで、その男性にはすごく良く接するわけです。

で、毒殺の機会をうかがっているうちに、何年でもいいんですが10年過ぎたとします。そして、女性が交通事故で頓死してしまったとします。

はたしてこの女性は善人なのか悪人なのか…

はたから観測しうるかぎりにおいては善人にしかみえないわけです。でもその心の中には悪が出番をまっているわけです。

ヨガのシータ先生にも訊いたことがあるんですが、答えは人によってさまざまですね。

別の話題で、ある疫病神が自分が疫病神と気づいていないんですが、善意からいろいろなことをさかんにしたとします。とうぜん疫病神なので彼がやることなすこと災厄の源となり大惨事を巻き起こすのですが、かれはどうにかして良いことをしようといろいろ動き回ります。

それとは対照的にすっごい悪意にみちた幸運の女神がいたとします。すっごい悪いことを人々にしてやろうと思っていろいろやるんですが、なんせ幸運の女神なんで、ぜんぶ良い結果として結実してしまうんですね。で、悪意の女神はしゃかりきになっていろいろな悪いことをしようとするわけです。

ハゲました

頭頂部を手で触るとひんやりとした皮膚の感覚…。

「本格的にハゲとるやないかっ!」

今は気が付くとヒンヤリとした感触を楽しんでいます。

これは神経性のハゲではなく(それは別件でうなじに出ているんですが)、明らかに老化によるハゲですね。若いころは老化してハゲてくるほど生き残れるとは考えていなかったので、いや~サバイバルしたなぁという感慨がわいてきます。

あといろいろな人たちとか環境とか国的なものとかが、よくこんな俺が生き残るのを許してくれたなぁという感謝の気持ちがあります。

少しでもその感謝を形にして社会に戻したいとは思っています。うまくいけば保護司をやりたいですが、そこまで金銭的に余裕はないでしょうから、自分の得意を生かしてフリーソフトウェアかなぁという気がしています。

3DCG女子高生Saya2016がヤバい出来に。完全に不気味の谷を超えた(世永玲生) – Engadget Japanese

フリーランスの夫婦CGユニット\\”TELYUKA\\”(テルユカ)のプロジェクト「Saya」の2016バージョンがつい先ほど公開されました。御覧くださいこのクオリティ。

情報源: 3DCG女子高生Saya2016がヤバい出来に。完全に不気味の谷を超えた(世永玲生) – Engadget Japanese
CG女子高生

いやー、いまWitcher3をプレイしているんですがグラフィックはキレイです。でも、実写かと間違うほどではないです。小学生の頃、鼻水たらしながら近所の電気屋さんでスペースインベーダーをプレイして以来、いよいよ10年、20年のうちに実写と区別がつかないゲーム画面を堪能できると思うと胸が熱いですね。

クズもいる明るい社会

いろいろな人と話していると、

「こいつクズだなぁ…」

とか

「こいつ最高にゲスいな…」

と思う人が結構います。でも、そこは相手のクズさやゲスさを愛でるというか、いろんな人がいて社会が成り立っているんだなぁと感慨深いです。怒りは一切わかないですね。

なんで相手がそういうクズっぷりやゲスっぷりを私に披露してくれるかといえば、私は人と話すときは基本的に相手を非難しないんですね。

「念仏さん、俺、人を殺しちまいましたよ」

みたいな厳しいことを言われても(さすがにこれは言われたことないですけど)、私は動揺は一切せずに、

「まじっすか!!!」

とかいって、興味深々で話に乗ります。




パワーを持っている人のたたずまい

アメリカで活動するイタリア系マフィアを描いたゴッドファーザーです。

葬儀屋の娘が街のチンピラにひどいことされて、葬儀屋は「良きアメリカ人」として警察に行ったら、裁判でそいつらに執行猶予がついてしまって許せないと思った葬儀屋がゴッドファーザーにすがりにきている場面です。

マーロン・ブランドの貫禄がすごいなぁとただ感心するばかりです。

ゴッドファーザーの中ではロバート・デュヴァル演じる養子の弁護士が好きです。

仲間にするなら、怖いけど朴訥としているルカ・ブラッツィみたいなひとがいいですね。

確率1/10の外れを引くと怒り出す人

ハズレの確率が1/10です。つまり9割がたアタリますと言われてくじを引いてハズレると怒り出す人がいます。

「だからハズレる確率は1/10つってんだろ、ハズレることもあるんだよ、タコ」

と思います。

怒り出す人とか、不運だ不運だと宣伝する人とか。いやそれでくじのハズレがアタリに変わるんならジタバタする価値もあるでしょうが、基本変わらないですね。

この世は基本闘い

例えば、普通の人はゴキブリを見つけたら気軽に叩き殺すでしょう。これはゴキブリに目立った物理的戦闘力がないからで、でかいスズメバチを見て気軽に殺そうと思い実行できる人は少ないでしょう。(実はゴキブリの戦闘力はその生命力だと思いますがここでは置いておきます)

やっぱり生き物として生きている以上、対象の持つ戦闘力を見極める訓練は一生続くのでしょう。

この場合の戦闘力は、人間社会ほど高度に複雑化した文明を持つと、財産や社会的地位、容姿の美醜、持っているスキルなどかなり多様化しています。

ただ人間関係の中でいろいろなうわべを取っ払うと根本にあるのはこのいろんな意味での戦闘力の緊張関係だと思います。

じゃあ私のお気に入りの釈迦の戦闘力は何かと行ったら、口先のうまさと、聖者を演じきる精神力、それと自分をブッダだと宣伝してしまう図々しさだと思います。(私は釈迦は偉大な人物であり「仏陀」であろうと思っていますが{釈迦本人もそう思っていたはずです}、別の切り口から見てみると、口先のうまい乞食だと思っています)

で、私のことを語れば、基本ノーガードで人に接するんですが、やはり舐められて殴られることが多いですね。で、殴られてもいいんですけど、やっぱり心の底の底に俺様が住んでいるので、相手のパンチが俺様にまでとどいてしまうと暴れ出して制御に困ります。

そんな時は、基本その状況を離れます。

最近のEveプレイ

どうも、僕です。

Burner Missionへの復讐 に燃えて、電子戦 関連のスキルを育てています。

20160906

まずまずの育ち具合なので、そろそろBurner Missionを狙ってミッションを回そうかなと思っています。




何かを証明せずにはいられない人

自分がこの世に生を受けた証としてこの世に爪痕を残すなんていうことを言う人がいます。

他人が引くほど金を集めてみたり、すごく有名になってみたり、権力を馬鹿みたいに志向したり、いや、それを自分の格を下げずにできるならいいのですが、自分の格が下がったら本末転倒だろうと思います。

自分がどれだけユニークな存在かということを気がついてないんだろうなと思います。

あんた十分特別な存在だよと思います。

ざっくり、この地球上に限ってみても、あなたの完全なコピーになれる人はいないですね。一卵性双生児でさえ完全なるコピーにはなりえません。

生物学的に言えば、父親の中の精子の数億だか数十億だかの中の1つが、母親の卵子と受精して今あなたがいる、たったそれだけのことに生命としての数億だか数十億年の歴史の中の偶然そして必然としてあなたが今、この世にいる。

それで満足できないんですか。

ピーターフランクルさんという数学者がいます。日本にしばらく暮らしている人で、日本の高校の教科書を書いたりしています。エルデシュ数が二だかの偉い数学者です。そんなピーターさんでさえ、この人には数学ではかなわないと感じた人が若いころにいたそうです。その人は家族をとって数学を究める道にはいかなかったそうです。

ことほど左様に、上を見ればきりがない。

ただ、そうは言っても、人は生まれながに持つ何らかの抑えがたい衝動に従って動いているんだろうなぁと思うことが多いです。その衝動が原因で身の破滅を招くとしても、まさに、わかっちゃいるけどやめられないんだろうなぁと感慨深いです。




仏教者の最後は行倒れ

なんせ総大将の釈迦本人が行倒れです。

この時の様子を描写したお経があるんですが、

「あいたた、腹が痛い、アーナンダ、ござを敷いておくれ」

「あー、喉が渇いた、アーナンダ、水をおくれ」

とか、結構生々しくて、あー、そこは痛みにぐっと耐えてみたいな感じじゃないだなぁと、釈迦が妙に人間くさくて安心しました。

ちなみにアーナンダは釈迦の最後の旅に付き添った弟子ですね。

でも、聖者らしく腹痛の原因になった粥を出した人に迷惑がかからないように、その食事が原因だとわからないようにしろと命令したところは、聖者を演じきった感があって好きです。