千年に一人のクズ

占いが結構好きで、無料占いなんかをポツポツとやってみたりするんですが、最近、Facebookで何の気なしに、ポチッたらこんな結果がでてしまいました。

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「お前はクズだ!」
と言われると、いやそれはちょっと違うんじゃないかと反論する気分になりますが、

「お前は千年に一人のクズだ!」
と言われると、「あ、やばい、そうかも」と妙に納得してしまうところが、自分でもヤバイなと思っています。

まず、自分のクズッぷりを考察すると、なにより、いろんな意味での「結果」がだせていない点が痛いです。

世の中には真面目系クズという言葉があるそうですが、大病するほど全力で努力したあげく何の結果も出せないっていうのはやっぱりクズなんじゃないかなぁと思います。

結局、自分の好きなことを勝手にやってただけじゃないかという気もしますし。

ただ、ここまできたら、引き返しようもない気もします(笑)

ヒャッハハ、見ろ!あの必死の顔をよ~!!

映画:モナリザ

若いころ悪やって、友人のために刑務所行って出てきてその友人に会いに行ったら、またいいように使われて、別れたカミさんに娘とられてウザがられて、そういう中年男がまた懲りずに恋をするという話。

ボブ・ホスキンス が主演します。

私の抱える問題点は、1986年(私は18歳くらい)に見た当時から一貫して私の目には、こういう主人公がヒーローもしくは、聖人に見えてしまうというところです。

ネットをちょっと検索してショックを受けたのは、こういう男は世渡りの下手な”バカで面白い男”という見方が多いということです。

そりゃ、俺も出世しねぇわなと思います。

ただ、主人公、ジョージは「幸せか?」と聞かれて、「ああ、幸せだ」と答えます。それだけでいいのかなとも思います。


 




チャリンコの爽快感ヤバイ

30年ぶりくらいに自転車に乗ったとき、爽快感がすごくて、

「こりゃいいなぁ、清原さんシャブやらないで、チャリ乗ればよかったのに」

と思いました。

私は趣味がウォーキングなので、普段基本歩くわけです。

そのテクテク進んでいってる感じが、自転車だと、スゥ~と特にりきんでこがなくても進むわけです。その爽快感たるや、まだ、持続しています。

こりゃ、いい移動手段が増えたなと思っています。

最近は、床屋まで行ってすこしづつ、行動範囲をひろげています。




教える側には自明に思えることをどう教えるか

文字式の展開で、いわゆるウマイやり方は、

(a + b – c)(a – b + c)         ①

= {a + (b – c)}{a – (b – c)}   ② ※2乗の差の乗法公式を使います。

= a^2 – (b – c)^2

= a^2 – (b^2 – 2bc + c^2)

= a^2 – b^2 – c^2 + 2bc   ③

教える側は、脳のトレーニングがすでにできているので、①を見た段階で、②がすぐに頭に浮かぶわけです(本当は、暗算で③まで飛びます)。

しかし、生まれてからそんな式の見方をしたことがない生徒にとっては、なんで、①を見てすぐ②を思いつくのかが、謎なわけです。

「そのうち慣れるよ」で済ませることもできますが、なんとか、そういう発想をする思考の流れを説明しようといろいろ苦心します。

今のところ、
「部分(項)が同じような感じで、符号が違うときは、(項を並べ替えたり、マイナスをくくり出したり)マイナスをどうにかしようとしてみて」
と言ってみたりしています。

あと、必ず言っているのは、乗法公式とかウマイやりかたじゃなくても、どんな展開でも必ず、分配法則でできるということです。

(a + b – c)(a – b + c)         ①
= (a^2 – ab + ca) + (ab – b^2 + bc) + ( – ca + bc – c^2)
= a^2 – b^2 – c^2 + 2bc    ③

生徒の特質にあわせて、あえて、ウマイやりかたを教えずに、分配法則だけで勝負させることもあります。(この例だと、行数が少なくて、分配法則を使ったほうが楽に見えますが、乗法公式を使えば計算しないで済む a * b とか、実際は、a, b, cとか1つの文字じゃなく係数もついてそれが分数だったりして、ミスの可能性は増えます。 )

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ミッションに必要なスタンディングは奇数1、3、5

Nenbutsuです。いま、アマーのLv2ミッションを受けてます。ミンマターでばかりミッションしていたので、四大国スタンディングのシーソーをするために、ミンマターの敵のアマーミッションをしています。

Lv1ミッションは制限なし。
Lv2ミッションはスタンディング1必要
Lv3ミッションはスタンディング3必要
Lv4ミッションはスタンディング5必要

奇数と覚えれば覚えやすいですね。




バカが世の中いじるとややこしいことになる

世の中を良くしよう!

と思って動いているんだろうなあという人々を、ぽつぽつと見かけます。

まず、「世の中を良くする」という欲望はまぁ、ありかなと思います。
「良くする」とはどういう状態なのかとかいろいろ突っ込みどころは満載なわけですが、とりあえずおいておきます。

まず、本当に世の中を良くするという欲望のみなのかという点があります。じつは、「人から尊敬されたい」って欲望を世間受けしやすく自分でも気が付かずにオブラートにつつんでいるだけだったり。で、最後の最後で、2つの欲望の二者択一をせまられたときに、尊敬される欲望を選んだり(笑)。

私も含めて一部では尊敬を受けている釈迦レベルでさえ、私が見聞きしたなかでは、この人たちは仏教とかかわらなければ、すくなくとももう少し良い人生を送れたのだろうなぁ、という人々がいます。

まさに、一休さんが詠んだ。
「釈迦といふ いたづらものが世にいでて おほくの人をまよはすかな」
です。

良かれと思ってやる行為が、人を不幸にするというこのパラドックスは非常に興味深いです。

利他ではなく利全(利善)

自分の娘にバカと言うな

今は亡き、偉大なダンサー・シンガーであったある人は、子供の頃父親から「お前の鼻の形はおかしい」とさんざん罵られたそうです。その後、スーパースターになった後も、彼は自分の鼻を何度も何度も整形手術しつづけました。

小中学生にとって親は巨大な存在です。
小中学生の心に「自分はバカなんだ」という思い込みが入ったらどんな悪影響があるのかを深刻に受け止めてもらいたいです。それがどれだけの虐待なのかも考えてもらいたいです。

まず、その子が仮に知能が確かに少し低いと仮定しましょう。それをバカと呼ぶとします。
一応断っておくと、私はいわゆる「バカ」という状態はいわゆる知能(IQ)とは一切関係ないと思っています。

まず、責任論から言うと、自分の娘がバカなのは、DNAの半分を出している手前の責任だろうということを指摘したいです。もし、いや自分はバカじゃなく妻がバカなのだというのなら、そういうバカな嫁さんをもらったのはお前だろうと言いたいです。

バカにバカと罵って事態が好転するのなら私はあらんかぎりの罵倒語のコレクションを使って生徒を罵ります。罵ったってうまくいかないばかりか、事態を悪くするとなぜわからないのか。
自分のうっぷんを晴らしているだけだとなぜ気が付かないのか。

私の実感では、中学あたりの勉強は本人が一生懸命努力勉強すれば、オール3以上は絶対にとれるはずです。でなければそれなりの特別な学校に通っているはずです。

知能(IQ)はとても使い出がある特質ですが、人が社会で生きていくうえで役に立つモノの1つにすぎません。

・対人能力
・人の好さ
・バランス感覚
・要領のよさ
・人徳
・チームプレイヤーかソロプレイヤーか
・出世欲
・金銭欲
・絵のうまさ
・体の丈夫さ
・すべてにおいて普通というアベレージプレイヤー
・容姿の美しさ
・…

この世を生きていくうえで役に立つモノは無限にあります。

では、なぜ、中学で勉強するのかというのはまたあとで書きます。




娘さんを幸せにします

まだ若くて中学生か高校生の頃で、人並みに嫁さんをもらうつもりだったころ、私が苦悶した想定質問は、相手の父親に挨拶に行って、

「君は私の娘を幸せにできるのかね?」

と言われたとき、どうこたえるかというものでした。

そのころは、質問を字面通り解釈してしまう癖があったので、

「いや、幸せって状態も確固たる定義があるわけじゃないし、まして世間的な幸せということにしたって、この不確かな世の中にあって、俺、個人が一人の女性の幸せを保証しきるなんて、確率論的に言ったって無理なのではないか…。むしろ不幸にする可能性だって無限にあるのではないだろうか…(ここで軽々に”幸せにします”と返事するのは不誠実なのではないか…)」

まぁ、バカですね(笑)。

今なら、その手の質問は、相手の父親の親心としての、娘に幸せになってほしいという、願いもないまぜになったものであって、本当の「保証」を求めているのではなく、「決意」を求めているのだと普通にわかります。

若いって面白いですね。




叔父さん

私の父は私が17歳のときに亡くなっているし、父は海上自衛官だったので、父の思い出の一つは、カレンダーに書かれた、2週間分くらいずっと出航していることを意味する横棒だったりします。

そういう意味で、父親的な感情をほんのりと持っているのが、私が小さいころから同じ市内に住んでいて、かわいがってくれた、叔父だったりします。

高校卒業くらいのとき、初めて女給のいる酒場に連れて行ってくれたのも叔父さんです。
叔父さんから女給への接し方とか、酒の飲み方も習いました。

電気工事会社を経営していたので、アルバイトで働かせてもらって、工事現場とはどんなものなのかということを経験できたのも非常に価値のある経験でした。

現場が荒れた時の収め方とかも、社長はたいへんなんだなということがいろいろ実感できました。

ここでは言えないような私の人生での失敗の数々をしりぬぐいしてもらったりしました。

最近、お互い酒から遠ざかっているので、なかなか感謝の気持ちを伝えられませんが(さすがに最近面の皮が厚くなったとはいえ気恥ずかしいです)、いつかは、いままでいろいろありがとうございましたという言葉は面と向かって言いたいと思っています。




永遠の悟り(サマーディ)を求めて

みなさん、こんにちは。峯島雄治です。

このたび私は、永遠の偉大なる悟り(マハーサマーディ)を求めて、ヒマラヤにいる悟りを開いたという噂の高い、ビムヨギ仙人の下で、修行をすることになりました。

家族は一切捨てます。財産も一切捨てます。仕事も一切捨てます。交友関係も一切捨てます。

出家です。

最終的には、日本の仏教の伝統に倣って、即身仏になることに決めました。

そういえば、今日は、4月1日ですか。