自分を知る

人間、自分の姿は、直接自分の目で見ることはできません。

鏡を通してや、他人に言われてわかるものです。

私は最近、ようやく自分とはどういう特質をもった人間なのか、わかりかけてきた気がします。

人生をサバイバルするうえで、自分を知るということほど大切なことはないだろうという感慨があります。

日本は、と言っておおげさなら、すくなくとも私が生きてきた環境では、とりわけ、「お前はみんなと同じだ」というメッセージを長い時間をかけて、本人に思い込ませようという圧力が強いと思います。

とくに、私のような特質がいびつな形ででている者にとっては、この環境は非常に辛いものでした。

・みんなと同じはずなのに、なぜかみんなが苦労していることがたやすくできるので、自分はなんだか知らないけど偉い。

・みんなと同じはずなのに、なぜかみんなが苦労なくしていることが、自分には異常な苦痛として感じられてできないので、自分はダメだ。

この両極端をいったりきたりしながら今まで生きてきた気がします。

「みんな同じといったって、それぞれの特質や得手不得手というものがある」

たった、これだけの簡単なことを、46歳の今になって、やっと腹の底から理解できた気がします。




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