まず、私がどうしても命に代えても助けたい人たちがいるとします。助けるには多額の金が必要という結論になったとします。でも私にはその金がない。
これは完全に「私利私欲」です。
私はここで、他人様に「金をめぐんでください」とは、言いえません。
では、どうするか。死ぬ気でなんでもして自分で金を稼ぎます。靴の裏をなめろと言われれば舐めます。46歳の老体に需要があるか分かりませんが、ホモの客をとれといわれれば取ります。ナメクジ500匹食えといわれれば喰います。詐欺でも銀行強盗でもなんでもして、懲役でも死刑でもなんでも甘受します。
これは仏教でいう愛(執着)です。
でも、せめて愛とかなんとかそういうごたくを世間に言うならそれぐらいの覚悟がいるだろうと考えます。
ただ、幸いなことに(ほんとうにホッとしています)今の私には、それほど執着をするものはありません。
私の母は人工透析患者で近いうちに死ぬでしょうが、彼女のためでも、そこまで自分を追い込める自信はありません。
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