仏教はほんらい”強い”はず

仏教はこころの合気道

評論家の呉智英さんが、釈迦を評して”非凡なエゴイスト”としていました。

わたしも若いころ自分のどうしようもない我の強さや濃さになやまされていました。

その我の強さでなにかとんでもない悪をやる恐れとかを感じていました(実際、中学あたりまで、頭の良い、こズルいクソ悪ガキだったわけですから、まぁ、環境が悪かったです)。

そういう強い我をコントロールして、社会にプレゼンタブルなものにするタガとして仏教は非常に有効だし、そういう意味で、仏教というと世間がイメージするまろやかな人格とは隔絶した、ある種”強い人”が仏教からでてきてもおかしくないはずです。(合気道の開祖 植芝盛平翁がめざした”至誠の人”です)

そういう強い人が社会的なリーダーとしてみなに進むべきヴィジョンを示すこともあるはずだし、じっさい私は期待しています。

ダークソウル3: 信じることの不可思議な力

格闘技システマの指導者(元傭兵か軍人)の言葉だったと思うのですが、信仰がある傭兵のほうが体感では生存率が高かったということを聞いたことがあります。

その信じる力の不思議さは私も最近体験していて、まぁ、たんなるコンピュータ・ゲーム攻略での話にまでいっきに格が落ちますが(笑)。

Darksouls3というゲームを去年プレイしていました。アクションRPGでプレイヤーは死んで攻略法を見つけていくという”死にゲー”と言われるジャンルの本流の作品です。

で、私も何度も死にながら、どうにかこうにかゲームを進めていったのですが、どうしても、ラスボスのひとつ前のボス(兄弟二人を倒さなければならない)が倒せない。

ここで、私の基本信念は”ロールプレイングゲーム(RPG)の敵はこちらのキャラのレベルを十分上げていればいずれ勝てる”です。これはゲーマーとしてコンピュータRPGをプレイしてきたことからくる信念です。

でも、はっきりいって10レベルくらい上げたって、自分のキャラクターは数値的にはそんなに強くなっているとは思えないんですね。

とはいえ、この”レベルを上げることによるキャラの強化”を信じてコツコツレベルを上げるわけです。その間に何度も当該ボスにもチャレンジして討ち死にしています。

ここらへんで、試行錯誤が発生して、Youtubeで当該ボスの撃破動画を検索して参考にしたりしだします。

私のキャラクターは重装甲で防御し、巨大な両手斧の大ダメージを、殴られながら叩き込んでいくという、たこ八郎師匠のボクシング現役時代のような戦法でした。

今でも面白い現象だと思うのは、魔法使い系のキャラクターによる攻略動画で、布の服を着て一撃もくらわずにそのボス敵を倒している人のものを見たとき、”自分もできそう”と思ったんですね。

”なるほど、一撃も食らわないんだから鎧を着たりする必要もないのか”

と考えて、乞食みたいな恰好をして回避性能を上げてプレイしだして数十回当該ボスに挑んで、あと3発攻撃を当てれば倒せていたというところまでいきました。

“できそう”と思って信じて練習していると実際にできる方向に物事がすすんでいくこの感じは面白いなとおもいます。

結局、最終的には、普通の人がレベル80前後で攻略するところを私のキャラクターはレベル130くらいにまでなっていて、装備は中程度の防御と巨大両手斧でクリアできました。


「DARK SOULS」(ダークソウル)で死なないための5か条

合気道の有用性

軍隊の兵士が習う格闘術、特に特殊部隊の兵士などは、基本的にチャンスがあれば、一撃で敵を殺すことを考えるそうです。

急所をつければ一撃でそこをついて殺すそうです。なぜなら、その一瞬のチャンスを逃せば今度は自分が殺されるかもしれないからです。

ただ、我々が暮らす、市民社会では、夜道で、痴漢やひったくりにあったとしても、その度に相手を殺しては、過剰防衛の非難を免れません。殺さなくたって、急所を壊して不具にしたら、訴えられかねません。

そういう意味で、合気道の技により、お互いに致命傷を負うことなく相手を制圧する技術は、我々市民には意味があると私は考えます。

でも、基本逃げるのが一番いいと私は考えます。




合気道祥英会を休会することにしました

ちょっと、このところ仕事が忙しくて心身ともに疲れているなと感じていましたので、鈴木先生に、休会をお願いいたしました。

ただ、いまだに、調子が安定してきたら、合気道を続けるつもりです!




合気道5級ならず!

今日の稽古の見極めで私の技が未熟なため、5級審査は最終的なお許しがでませんでした。

正直、感動しています。

合気道祥英会はぬるくて甘い組織じゃないことがわかって、私自身ほっとするというか、なんか、祥英会の一員であることが誇らしく思えてきました。

合気道に精進します!




合気道5級審査を受けます!!

今日の稽古で道場主の鈴木南美雄先生からお許しがでて、7月12日(日曜日)に合気道5級の審査を受けることになりました。

何をするかというと、(相半身片手どり)四方投げ(表裏)、一教(表裏)、という技と前方回転受け身、後方回転受け身、膝行(ひざであるくこと)の審査を受けます。

スゴイ人であるベテランの高橋さんに審査では相手をしていただくことになりました。

実はまだ日本合気会の会員でもなかったのに、合気道をいままで語っていたわけですね。

受かれば晴れて合気道をやっていますと言えるのかな。

我々祥英会(久里浜合気会)は西尾先生のスタイルをやっているので、剣と杖を使った稽古もするのですが、私は合気道もすきなんですが、剣杖により惹かれています。

合気道家は人体の専門家

合気道の稽古に、毎週日曜日参加できています。

我が祥英会には、いろいろな「すごい人」がやっぱりいます。

私は、「合気道家はある種の人体の専門家なんだな」と最近、思うことが多いです。

どういうことかというと、例えば、私はもともと体が柔らかい方で、その上、最近はヨガをやったりしているので、腕の関節がありえないような曲がり方をしたりします。

それで、稽古で相手が黒帯をとったばかりの方だったりすると、関節の決めが私に効かないことがあります。

私も年相応にずうずしくなっているので、そんなときは、「~さん、正直、痛くないです」と言ったりします。

そうすると、古ツワモノの方が登場となるわけです。
で、その方が私に、「身体の柔らかい人にはこうして…」
私「痛ててててて!!!!」

となるわけです。

前回の稽古でもそういう場面があったのですが、そういう先生たちによると、人体にはそういう身体が柔らかいとか関係なく「効かざるをえない」いわゆるツボのようなものが無数にあって、そういうツボを熟知してらっしゃるらしいです。

恐るべし、合気道!




やっぱり合気道サイコー!

今日は、仕事がオフだったので、合気道の稽古にひさしぶりに出ました。

2か月ぶりの稽古でした。この不良会員を温かく迎えてくださった合気道祥英会のみなさまに感謝感謝です。

やっぱり、合気道サイコーです。

私の理解するところ、合気道は、昔の武士の体術を体系化したものです。
私はそこに失われつつある洗練された美しいものをみいだします。

ぜひ、横須賀近辺の方は、見学 にいらしてください。




いい動画を紹介してもらいました

剣道ですが、合気道にも通じるのであろうなと想像しました。

「勝ちたい」という気持ちを捨てて、無心になることで新境地を切り開いた方のドキュメンタリーです。

こういう修業をしている人がいるというだけでとても励みになりました。

私も合気道に精進します。




合気道ラブ

ヨガのティーチャーコースも無事修了して、いよいよ心は合気道へと向かっています。

ひさしぶりに稽古に行っても、合気道祥英会 のみなさんに、あたたかく迎えていただきました。ありがとうございます!

さて、やはり、合気道の技の進歩は遅いですが、なんとなく、以前よりは頭に入りやすくなってきた気がします。

我々、祥英会は、西尾昭二先生 のいわゆる西尾スタイルの合気道をしています。これは、合気道の本部とは少しだけ違いがあって、そこが悩みの種だったのですが、以前、大枚はたいて買っておいたDVDをじっくり見て勉強しています。

そして、剣の方(刀法居合)は、西尾先生のいい動画を見つけて、それを見て勉強しています。

さて、残るは杖ですが、これがなかなかこれぞという資料をみつけられずに難儀しています。
10月13日追記 斉藤先生のいいビデオをみつけました。

あと疑問におもっていることは、当身(キック&パンチ)の練習はしなくてよいものなのかということです。

こんな感じで、楽しく合気道の修業をさせていただいております。

目指すは5級です!