この世の基本原理は(残念ながら)弱肉強食であるということ

2018年のいま現在、フランスやフィンランド(かな)なんかがロシアの動きを警戒して徴兵制を敷くなんてニュースもちらほらと聞きます。

私も一応、今年49歳になりますから、そこそこ、この世のベテラン・プレイヤーになるかなということです。

基本的に”この世”はこういうものとか、したり顔で言う人はニワカだなと今でも思っています(もちろん私も含めて)。

いまだに、”なにがなんだかわからない”もしくは”全部茶番”というのが私の正直な”この世”観です。

そこをおして、何かこの世の基本原理を言ってみろと言われれば、

”弱肉強食”

としか言えません。

今頃気づいたのかと言われれば、汗顔のいたりですが、力愛不二とか、自由・平等・博愛とかそういうものが出てくるには、まず、勝たなくてはならない。で、そういうものは、いろいろな意味で”勝った者のたんなるお楽しみ”以上ではありえないと思います。

“勝てば官軍”とはほんとうによくいったものだと思います。

資産の多寡=人の価値とする?

私は人と接するときはとりあえず、相手も人間なんですから自分と同格もしくはそれ以上の存在として接します(家族以外の人には友人でも基本的に丁寧語です。)

で、その人を尊敬するかどうかは資産の多寡はほとんど気しません(とはいえ残念ながら貧すれば鈍するということはありがちだと思います)。
人格の高潔さとか、自分があこがれるような技をもっているとか、志が面白いとか、気が合うかどうかとかが、私のその人に対する主な価値判断の基準となります。あと、年齢もほとんど気になりません。


数学者のピーター・フランクルさんが、アメリカにいるとき恋人の自分への態度が雑なのが不満で、
ピーターさん「俺も数学者としてはそこそこイケているんだけど…」
彼女「じゃ、なんで金もってないの?」
ピーターさんは絶句したそうです。
(ピーターさんは、エルデシュ数1の数学者なんで数学者としてはイケているらしいです)


そうとうな資産(金)を持っているというのは確かに現在の世の中でそうとうなパワーを持っているということは事実でしょう。
でも、そのパワーで何をしようとしているか、何をしたのかのほうが私にとっては重要な気がします。

資産や金は普通の人がやらないような、それでいて合法な、そうとう卑しい行為をしても集められますね。また、たまたま親が金持ちとか。

とはいえ、裸一貫で事業をたちあげて清濁併せ吞む感じで事業にしている人は、見ていてほれぼれとすることはあります。(日本の会社で最近はDMMが何でもやってやろうというガッツがあって好きです。あと100円ショップ・ダイソーの矢野博丈さんとか。)


あと興味深いのは、欧米の(そこそこエグいことをやって)資産家になった人が多額の寄付をチャリティーにするのも面白い現象だなと思っています(結局あんた何したかったんだみたいな)

人間がアリのように見える存在はいるのか

まず、虫のアリですがあれは個々の個体はとうてい深い思考で動いているようには見えません。

しかし、アリの種類によっては、他のアリの巣を襲って捕獲した他の種類のアリを奴隷として使役するものがあったり、また、他の虫の幼虫を家畜として飼育する者もあります。つまり、ある種の社会とでもいえるものを持っているように思えます。

でです。人間がアリを見つめるとき、”取るに足らない存在”として扱います。(体の大きさがあまりにも違うことあるでしょうが、たとえ体が大きくてもコミュニケーションがたぶん不可能)、人によっては平気で踏みつぶしたり、アリの巣を壊すのに躊躇する人は少ないのではないでしょうか。

この視点を、とりあえず我々人類よりはるかに高度なしかし我々とは異質な文明を持つ宇宙人なりなんなりを仮定して、そういう存在からわれわれ人類をみたとき、「アリ」に見えるのではないだろうかと思います。

で、(たとえばあまりにも感情的なのでとかの理由で)コニュニケーションを取ろうとしても無駄だと判断されたら、なんの躊躇もなく地球から排除されたりすることもあり得るんだろうなと思います。

スティーブン・ホーキング博士も、「宇宙人と無差別にコンタクトとろうとするの、やべぇだろ」と考えているようです