「なにが朝寝坊だ、このクソが」

今日、なんとなくTwitterを見ていたら、某有名人の人へたぶんファンだと思われる人が、

「~~さんは、朝寝坊じゃなかったんですね」

みたいなことを言ったら、その有名人がタイトルみたいなことを言って返事していたんですが、正直、すこし笑ってしまったというか。

「これは…、漫才かな…」という…

ファンがどうでもいいことを言って、有名人が暴言で返す(話の内容の筋は通っているんですが、口調が乱暴)というある種のおやくそくみたいで…。

これもファンと有名人の関係性のひとつの形かなと。

戦争とか軍事的緊張を作り出して武器を売るってのはウマイ

と言わざるを得ないですね…

倫理的な感情を止めて、その手法だけ見てみるとたしかに武器を売りたければそうやるのがよさそうだという結論に行きつきますね…

中高生とかでもある種、目端が利いてしまう小悪党ならメリケンサックとか特殊警棒とかを対立する不良グループに卸すとかやってそう…

まぁ、かなわんなぁ…というやるせない感じですが…

ちょっと前にネットで読んだ記事で、人類の多くの文化を調査した研究結果で、おおむね”人を助けるのはいいこと”とかそういう共通の善行みたいなのが七つほど特定できたらしいですけど、そういうのはあくまで人間内での意識上のことでしょうから、悪いことだけど自分には有利になるみたいな行為はとまらないっすね…

“わたし”が消えるとき

よく、「自分の身になにかあったら自宅のパソコンに保管されているアダルト動画や画像コレクションだけは消去してから死にたい」みたいなことを若い人が言っているのを見聞きすることがあります。

わたしは以前から思っていたんですが、「いや、”恥ずかしい”と感じる主体としてのあなたは死んでしまったらたぶんもう存在しないのだから、恥ずかしいとしたらそういうことを考えている今とか死ぬ間際なだけでは」と思っていました。

だいたい、何かの行為をしておいて、人に知られたら恥ずかしくて知られなければ恥ずかしくないって感覚が私はもうよくわからなくなってしまったんですが、それは私がちょっとアレな人ということで(笑)おいとくとしても、恥を感じるべき事柄はもっと別のところにあるのに、そういう恥ずべきことは”みんなもやっているから”とか適当な理由で恥を感じない人が多いですね。

わたしの感覚からすると恥の感覚がちょっとヘンに思える人が多いです。