Everybody falls the first time (誰でも最初は失敗する)


塾で生徒さんに教えさせていただいていると、大部分の人が最初は間違う所というのがわかってきます。

例えば初めての数式の展開で、

$$-(x – 3)^2$$

を符号を間違わずに展開できる人はかなり少ないです。

私は、

$$-(x ^2 – 6x + 9)$$

という途中式をあえて書くように指導することが多いです。

こういうツボみたいな所の知識が、だんだん私の中に蓄えられて行っています。




操ると導くの差

認知機能の高い、つまり、端的に言って頭のいいある友人が、いかに自分より認知機能の劣る女性の心を操ることができるかを力説していたことがありました。

まぁ、その友人はその女性のためを思って、”説得”したわけですので、私利私欲のためではありません。そして狙った効果を得られたようで、女性の生活が安定しました。

私は、”人の心を操ってやろう”という料簡自体が卑しいと感じています。また、長い目で見てそういう目論見が自分の思った通りの結果をだすかどうかを疑っています。

また、よかれと思って”導こう”としたとしても同様に、”良い結果”を得られるかどうかを疑っています。

私にできるのは、自分はこうしてこうなったという”報告”をすることだけです。

つまり、”善意で導く”も”悪意で操る”も長期的にみると結果にさほど差がでないと思っています。

ただ、盲目の人に対してはこちらが目が見えるなら、サポートをしたくなるのが人情ですね。

Do not judge, or you too will be judged.  For in the same way you judge others, you will be judged, and with the measure you use, it will be measured to you.

Why do you look at the speck of sawdust in your brother’s eye and pay no attention to the plank in your own eye? How can you say to your brother, ‘Let me take the speck out of your eye,’ when all the time there is a plank in your own eye?  You hypocrite, first take the plank out of your own eye, and then you will see clearly to remove the speck from your brother’s eye.