ヨガの修行したい…

からといって、自分の好きなようにはいかないのが浮世のキビシサですね…

私が信頼できる師匠をまず見つける必要があるし…まぁどこの国の人でもいいのですけど

で、修行してどうなりたいのってことですけど、わたしが感じているこの世に対する違和感が多少は解決されるような気がします。

わたしは基本的に知りたがりなんで、この世ってなんなのコレっていう大きな疑問をいまだに持ち続けています。

修行が進むと生きている実感が増すはず

ネットのどこかで、「仏教は人工的に修行で離人症を起こすモノ」ということをおっしゃっておられた方がいました。

離人症(りじんしょう、: Depersonalization)とは、自分が自分の心や体から離れていったり、また自分が自身の観察者になるような状態を感じること。その被験者は自分が変化し、世界があいまいになり、現実感を喪失し、その意味合いを失ったと感じる。慢性的な離人症は離人感・現実感消失障害 (DPD)とされ、これはDSM-5では解離性障害に分類される(DSM-IVの離人症性障害)[1]

Wikipedia 離人症

わたしはヨガや仏教にハマってから、3日間にわたる固形物の断食をしてみたり、

断食のススメ

熱心にヨガのポーズを毎日してみたり、

出来た!シルシアーサナ/ヘッドスタンドポーズ/三点倒立

で、最終的にいまはおもにヨガや仏教の哲学の部分を参考にしています。

ヨガのバイブル:ヨーガ・スートラ
仏教入門

で、離人症みたくなるかというと、私の個人的な感想ですけど、以前より主体的に生きている感じがハンパないっすね。あと激しい感情の起伏はないです。精神的に疲れるってことは持病の都合でありますけど。

修行の進んだときに出てくる魔境

これはいち仏教&ヨガ好きの妄想です。

修行が進むと、まずいままで自分を縛っていた社会慣習とかいろいろな制約がいったんはずれて、「自分は自由である」という認識がでてくると思います。天上天下唯我独尊てなもんです。

たしかに、心理的なタガが外れると、物理的にはなにをどうしようと行動をすることはできるわけです。

で、ここからが魔境と呼ばれるよろしくない言動が発生してしまうメカニズムだと思うのですが、自由なので何やってもいい → おさえつけていた、笑っちゃうほど俗っぽい動物的な欲がひょっこり顔をだす。はたからみていると、「なんだこいついやに俗っぽいな」となるわけです。

わたしのヨガの先生の目撃談として、ある男性生徒が女性を触りまくるとかそういう場面があったらしいです。