Farcry5をプレイした感想

いま、エンディングまでプレイが終わりました。とても興味深い終わり方でした。

私は、Farcry3, 4, Primal, 5とプレイしたわけですが、5では自分の仲間として連れて歩けるNPCたちの挙動がとても気に入りました。

最大2人の仲間を連れて歩けるのですが、そのNPCである仲間同士が勝手に世間話をしたり、私が釣り上げた魚について感想を言ったりするんですね。ヘッドショットを決めれば、ほめてくれます。

まだ本当に人格を感じるほどには進化していなくて、同じことを繰り返し話したり底が浅いのですが、いよいよNPCに対してなんらかの人間的感情を持つようなゲーム体験ができる時代が近づいてきていることを感じます。

楽しい仮想体験をありがとう!

金策としては釣りより狩りのほうが効率がいいなと感じました(まぁ、私は釣りがすきなのでずっと釣りをしてましたけど。FF11ではフナを1万匹釣って太公望の竿をもってました)

忍者になりたいロードエンペラー

最近は”放置系RPG”なんてジャンルもあるようですが、友人がMMORPGのキャラクターに公式機能である自動放置狩りをさせている様子を見ていて、いよいよ面白くなってきたなと思いました。

RPGゲームなのに自分のキャラクターに最初に指示を出したら、キャラクターはちゃんといいアイテムだけを拾うとかやりながら延々と狩りをしているわけです。

また、Siriもまだバカですが、受け答えなんかも多少はできるようになってきています。

この延長線上には…


私のMMORPGキャラクター「マスター…」

私「なんや」

キャラ「私は今日も狩りをしていて、ふと、忍者になりたいなと思ったんですけど…」

私「バカヤロー、せっかく3次上級職のロードエンペラーになったのに、1次職のただの忍者になんかなったら、雑魚敵しか狩れなくて経験値もドロップもまずくなるじゃねぇか。」

キャラ「難しいことはわからんですけど、手裏剣を投げてみたいんです…」

私「お前なぁ、いかにぺぇぺぇの忍者の狩りが大変かわかっとらんだろ、手裏剣だってあれは消耗品だぞ、そこんところをよく一晩考えろ!」


このように緩い自我があるように感じられるキャラクターがあと30年もすればでてくるのではないでしょうか…




信じることの不可思議な力

格闘技システマの指導者(元傭兵か軍人)の言葉だったと思うのですが、信仰がある傭兵のほうが体感では生存率が高かったということを聞いたことがあります。

その信じる力の不思議さは私も最近体験していて、まぁ、たんなるコンピュータ・ゲーム攻略での話にまでいっきに格が落ちますが(笑)。

Darksouls3というゲームを去年プレイしていました。アクションRPGでプレイヤーは死んで攻略法を見つけていくという”死にゲー”と言われるジャンルの本流の作品です。

で、私も何度も死にながら、どうにかこうにかゲームを進めていったのですが、どうしても、ラスボスのひとつ前のボス(兄弟二人を倒さなければならない)が倒せない。

ここで、私の基本信念は”RPGの敵はこちらのキャラのレベルを十分上げていればいずれ勝てる”です。これはゲーマーとしてRPGをプレイしてきたことからくる信念です。

でも、はっきりいって10レベルくらい上げたって、自分のキャラクターは数値的にはそんなに強くなっているとは思えないんですね。

とはいえ、この”レベルを上げることによるキャラの強化”を信じてコツコツレベルを上げるわけです。その間に何度も当該ボスにもチャレンジして討ち死にしています。

ここらへんで、試行錯誤が発生して、Youtubeで当該ボスの撃破動画を検索して参考にしたりしだします。

私のキャラクターは重装甲で防御し、巨大な両手斧の大ダメージを、殴られながら叩き込んでいくという、タコ八郎師匠のボクシング現役時代のような戦法でした。

今でも面白い現象だと思うのは、魔法使い系のキャラクターによる攻略動画で、布の服を着て一撃もくらわずにそのボス敵を倒している人のものを見たとき、”自分もできそう”と思ったんですね。

”なるほど、一撃も食らわないんだから鎧を着たりする必要もないのか”

と考えて、乞食みたいな恰好をして回避性能を上げてプレイしだして数十回当該ボスに挑んで、あと3発攻撃を当てれば倒せていたというところまでいきました。

“できそう”と思って信じて練習していると実際にできる方向に物事がすすんでいくこの感じは面白いなとおもいます。

結局、最終的には、普通の人がレベル80前後で攻略するところを私のキャラクターはレベル130くらいにまでなっていて、装備は中程度の防御と巨大両手斧でクリアできました。





「DARK SOULS」(ダークソウル)で死なないための5か条