わたし「占いで未来がわかるなら、それでカネもうければいいじゃん!」高島嘉右衛門「そうしてます」

高島 嘉右衛門(たかしま かえもん 1832年11月22日(天保3年11月1日) – 1914年(大正3年)10月16日)は横浜の実業家および易断家。

嘉右衛門は実業家としても有名だが、易断による占いでも特に有名で、今でも「易聖」と呼ばれている。

安政の大地震の数日前、嘉右衛門の周りで奇異が起き、弟より理由なく釜が鳴ったのを聞いて、幼少時に学んだ易経に従って卦を立てたところ「火」に関する卦を得たため大火が起こることを予知して大量の材木を買収、数日後に大地震が発生。その後は上記にある通りである。

1860年に貨幣密売の罪で入獄したとき(1873年にも入牢している[21])、牢内の古畳の間から易経が出てきたため、易経を暗誦できるまで読みふけり、紙縒りを作って筮竹として占った。この出来事がきっかけとなり、普段の生活の中でも卦を立てていた。1876年(明治9年)の隠棲後は易の研究をおこない、易占に関する講義や著述を行う。易断の集大成ともいえる著作『高島易断』は漢訳され、袁世凱李鴻章など清の知識人たちにも贈られた。また彼は、易を一種の宗教ととらえていたから、人を使ってこれを英訳させたうえアメリカ・シカゴで開催された「世界宗教大会」に提出させた。1885年には「神易堂」を建設し、孔子祭を行なった[22]

Wikipedia 高島 嘉右衛門

ちょっと、易経とか読んでみようかなぁ~と思っています。