釈迦がひとに言わなかったより大きなこの世の外側の枠組みを悟っていた可能性

ここでは、釈迦の人格がたんにひとから誉めそやされたり聖者としてもてはやされるだけが目的の俗物ではなかったと仮定します。

ノアだけはガチ

そうすると、あれだけ確信に満ちて人々を解脱させようとしたからには、なにか確信があったのだろうと(まぁ、大悟しているわけですから…)。

東洋の大哲学者たちの本領というのは、ひとりでピンときてしまうところなんですね。理屈じゃないわけです。

で、わたしがうっすら疑っているのは、現代人のわれわれでさえ理解していない、この世のさらに外側のなんらかの枠組みもしくはシステムを理解していたのかなと…

仏教と家族

上記エントリでも書きましたが、子供をこっそりもうけた愛弟子にマジ切れってちょっとなにかこの世のさらに外側あたりの仕組みまで理解していないとそういう態度をとらないのではないかと思います。

そのころのインドやネパールあたりでは輪廻転生がごくごく普通のコトとして社会で受け入れられていましたので、釈迦もその線にそったことを言っています。ただ、輪廻転生とは別のなにか仕組みを悟っていた可能性もまだあると私は思っています。(数百年前にタイムスリップした物理学者が、とりあえずこいつらには相対性理論じゃなくニュートン力学を教えとくかみたいな)

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