これだけテクノロジーが発達しているのに、いまだに貧乏人がいることへの違和感

われわれが暮らしている現代文明のひとつ突出している特徴としては、いいか悪いかはおくとして、テクノロジーの急速な進歩があげられるのではないでしょうか。

私も生きている楽しみのひとつが、テクノロジーがどこまで進歩するのかを実体験するということがあります。(シンギュラリティってあるんでしょうか…)

タイトルで言った”貧乏人”とは衣食住に事欠く人を指しています。

日本国憲法でも生存権として、”すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。”としています。ほかの国の憲法はよくわかりませんが、確実に言えるのは衣食住に苦労している貧乏人は世界中に満ち溢れているだろうということです。

で、私の違和感として、現時点でのテクノロジーで衣食住に事欠くようなひとをもっと圧倒的に減らすことは可能だろうと思うのですね。なぜ実現しないのか。

ひとつの憶測として、いろいろな意味でパワーを持って世界を仕切っている人たちの中で、このままでよいという”判断”がくだされているのかなというぼんやりとした感触はあります。ただ、それも誰かのせいにして当事者意識が欠けているみたいでしっくりこないのも事実です。

いずれ加筆します。

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