”わからない”でこらえる

007にも出演したことがあった往年の大俳優である丹波哲郎さんは、

丹波哲郎の大霊界 死んだらどうなる“という映画を世に問うたことがありました。

丹波さんがどこまで本気だったのか私はわからないですが、興行的においしいからネタとしてやっただけとしたって、その後、そうとうキワモノ的な目で見られることになる覚悟はあったと思います。

霊界、宇宙人が乗ってる円盤、超能力などなど…

私の根本的な疑問はなぜその手の確証がないことを”信じられる”のかという点です。

大学時代にいちおう工学部だったので東大の偉い先生の科学論の単位を取ったことがあり、西洋科学も最終的には”ある仮説を「信じて」それを立証するべく研究をつづける(たとえ少々の反証的なものがあったとしても)”ということに最先端ではなるようですが、研究者たちは”これが答えです”とは間違っても断言しないと思います。こうなのではないかと思って研究していますとしか言わないはずです。

死んだらどうなる - 私にはわからないとしか言えないですね。

で、高校時代の友人とかいろいろな知人とか私が思い出しても少なからずこの”わからない”という状態に耐えられない人がある程度の割合でいます。

で、そういう人たちは”断言してくれるリーダー”の元に集まっていくんですね…

とはいえ、そういう未知とされていることをエンターテイメントとしてこうなんじゃないか、ああなんじゃないかと楽しむのは私は好きです。

ちなみに釈迦は世界3大宗教である仏教の開祖としてはおどろくほど、その手のことを言いませんでした。だれかが、死んだらどうなるんですかと質問しても、答えません。無記です。ここらへんの節度が私が釈迦に感銘を受けているところです。

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