完成された武士の心境

どっかで聞いた話ですので、真偽のほどはわかりません。

ただ、武士の完成された心境とはそういうものではないかと納得できそうな心境です。


ある武士が切腹をいいつかって、明日はいよいよ切腹だというとき、その武士は、

「明日は大切なお仕事があるので早めに寝よう…」

そういって、床につくとグーグーといびきをかいて眠ってしまったそうです。


葉隠という江戸時代に書かれた武士としての心構えには、

武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」

なんてあります。


私も自分の死を逍遥と受け入れたいものだと願っていますが、なかなかそうは簡単ではないだろうと思っています。

私の好きな仏教者の一休さんは、死に際して、

「死にとうない」と言ったという話もあります。

その時代に87歳なら、もうええやろ、あんた仏教者なんやしという気もしますが、こういうことを言うところがまた一休さんらしくて私は好きです。

 




事象シミュレータもしくは分別

まず、ゲーマーの人なら、いまのゲームに物理エンジンというソフトウェアが入っていると聞いたことがあると思います。

仮想世界で物を投げたら、放物線を描いて飛ぶとかを計算してくれるものです。

で、物理エンジンは人間の脳にも入っていて、幼い子が道路に飛び出した場面を見たら危ない!と感じるのは、その時系列の先には車にはねられた子供という場面を脳内でシミュレートしているからです。

この手のシミュレートは何も物理世界に限ったことではなくて、人間社会というある種の抽象的な場でもできるし、みんながやっていることです。

こういうことをしたら、こういう結果になることが多い、みたいな経験則はあるていど社会で生きていればいやおうなしに蓄積されてきます。

まぁ、大人になったら金と女には気を付けろとかその手のものです。

ことわざなんかもそういう知識の集まりかなと思います。

で、そういう脳内の事象シミュレータみたいなのを分別というんだろうと思います。

当然、この世ですごした経験がまだ浅い若い人なんかは、こういうことをすれば、こういう結果が得られることが多いという経験(データ)が圧倒的に少ないので我々、おっさんからみると向こう見ずにみえることをやっているように感じられるのかなと思います。

とりあえず、死なない程度に(ときには私みたいに死にそうになりながら)、いろいろな経験を蓄積していくほかないのかなと思います。

 



メンデルもやらかしていた?

数研出版 数学I ”データの分析”より


イギリスの統計学者フィッシャー(1890-1962)は数学に基礎づけられた現代の統計学を確立し、その視点から適切な実験のありかたを具体的に開発した。統計学は数学のもつ普遍性にも支えられて、医学や薬学から心理学や社会学までデータを用いるすべての分野に関わる。

エンドウ豆の交配実験に基づいてメンデル(1822-1884)が発表した遺伝子に関する法則が、1900年に再発見された。遺伝学の発展の時代に育ったフィッシャーは、メンデルの法則とダーウィン(1809-1882)が1859年に著書『種の起源』で提唱した進化論の関係を整理するために、1936年に発表した論文でメンデルの論文を詳細に再検討した。フィッシャーは統計学的方法によって、メンデルの先見の明を確認すると同時に、メンデルが論文で報告した一部のデータについては、散らばりが少なく、メンデルの法則に合いすぎていて、実験によって得られたとおりの数値とは考えがたいことを発見した。


まぁ、メンデルがやらかしていたのかはまだ確定はしていません。

私も電気工学を学ぶ大学生だったころ、実験実習で仲間とダルいからという理由で、データをねつ造したことがありました。普段温和な教授がものすごく怒ったのを覚えています。

天網恢恢疎にして漏らさず

なんて言葉もある通り、我々が猿知恵で、”バレないだろう”と悪いことをしていてもお天道様は見逃さないのかもしれません。