ニヒリストなのになぜ毎日が楽しいのか

ニヒリズム

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ニヒリズムあるいは虚無主義(きょむしゅぎ、: Nihilism: Nihilismus)とは、この世界、特に過去および現在における人間存在には意義、目的、理解できるような真理、本質的な価値などがないと主張する哲学的な立場である。名称はラテン語の Nihil (無)に由来する。
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以前からうすうす気が付いていたんですが、私はたぶん根底においてはニヒリストなんだろうなぁと最近、意識の上で自覚しました。

本質的に価値がないんだから、偉そうにしている人とかみると可笑しくて可笑しくてしょうがありません。

ただ、ヤクザの事務所なんかで怖い人に囲まれれば、その場ではサバイバル的な意味においてはヤクザの偉い人のパワーは感じます。

30か国語話せる人とか、数学の天才とかと、ポケモンが異常に得意な小学生との間に、本質的な差を見出しえません。

金持ちとか、ちゃかすことがタブー視されている神聖な人とかと乞食に本質的な価値に差をみいだしえません。

自分でも不思議なのが、じゃなぜ、毎日が楽しいのかということです。

塾に教えに行くときとか基本的にワクワクしながら家を出ます。

ひとつの思い当たるのは、何事もゲームをプレイしている感覚があるということです。
ゲームをプレイしているときは、そのゲーム内で価値があるモノゴトには、価値があるというていをとって、思考にもそういう枠組みをはめてやるわけです。

気が向けば加筆します。

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