怒涛の春期講習も終わって、明日から一週間休塾なので、私もお休みとなります。
すこし酷使ぎみの身体と心を保守しようと思っています。
怒涛の春期講習も終わって、明日から一週間休塾なので、私もお休みとなります。
すこし酷使ぎみの身体と心を保守しようと思っています。
この一か月、またこの一週間はとくに塾が春期講習でヨガの練習をさぼっておりました。
そうするとどんなことが起きるかというと、今朝、起床しようとしたら腰がどんより痛いわけです。
私はそういえば、もともと腰痛もちだったなあと数年ぶりに思い出しました。
こういう身体の不調にわずらわせられたくないというのもヨガを始めたひとつの理由だったのを思い出しました。
人間、調子にのるとろくなことがありませんね。
ヨガの練習もいくら忙しくても、というか忙しければ忙しいほど、時間を見つけてやろうと思いました。
ゲーマーのみなさん、こんにちは。念仏(ねんぶつ)です。
まず、何をもって糞ゲーかというと、いくらでも理由はありますが、1つ例をあげると、「他の生き物(動植物)をぶっ殺してそれを食うという行為をしないと自分の生命を維持できない」これだけでもそうとうな糞ゲー臭がただよいます。
でも、あのスヌーピーの有名なセリフにあるように、「配られたカードで我々は勝負(サバイバル)せざるをえない」わけです。
そういう糞ゲーで何をするか。どう楽しむのか、早めにリアイア(解脱)するのか、一切は自由です。
なんで、こんなことを書いているかというと、私はこの世でのゴール設定に困っていたからです。
私は、「どんなことでも十分な時間(それが1週間のこともあれば10年、100年、3千年、1億年のこともあるでしょう)を練習(修業)にあてれば、必ずできる」というある種の万能感を45歳のいまでも持っています。
そして、そういう万能感を持って何をするべきかを考えて、やっと自分にしっくりくるゴールというか長期目標が設定できました。
それは20年後に「保護司」という無給の職業を務めることです。