修業

よく、合気道の修業を20年しましたとかいろいろな分野の修業の年数が問題になることがあります。

これは、年齢にもあてはまるのではないでしょうか、60歳の方は、人生の修業を60年なされたかたであり、それだけで、私からは、たいへんありがたい方に見えます。

そういうわけで、年上の方は、たとえその方が現在、痴ほう症にかかっていても、なにか、馬鹿にしてはいけないという心が私にはあります。

四諦八正道について

2014年2月10日TTC宿題 四諦八正道について

四諦(したい)

釈迦は悟りを得たあと、最初の弟子となる5人の修行者に四諦と呼ばれる教えを説き、また入滅までその教えを一貫して説き続けたといわれている。四諦は仏教の根本的な教えである。

釈迦の主張は、この世は苦しみに満ちているが、それは適切な修業を経れば解決可能な問題であるというものである。

1:苦諦(くたい)

この世界は苦しみに満ちている、というのが第一の真理である。

2:集諦(じったい)

苦の原因は煩悩と呼ばれる迷いの心である、というのが第二の真理である。

3:滅諦(めったい)

煩悩を滅すれば苦も滅する、というのが第三の真理である。

4:道諦(どうたい)

苦の滅にいたるための正しい道、八正道(はっしょうどう)である。

四諦は八正道を実践することにより正しく理解、悟ることができるとされている。

八正道

1:正見(しょうけん)

修行によって得られる智慧であり、様々な正見があるが、根本となるのは四諦の真理などを正しく知ることである。この正見は、以下の七種の正道によって実現される。 八正道は全て正見に納まる。

2:正思惟(しょうしゆい)

正しく考え判断すること。財産、名誉、など俗世間で重要視されるものの否定(アパリグラハ、サントーシャ)や、感覚器官による快楽を求める欲の否定である。

3:正語(しょうご)

いつわりのない言葉を語ること。(サチャ)

4:正業(しょうごう)

殺生を離れ(アヒムサ)、盗みを離れ(アステヤ)、(特に社会道徳に反する)性的行為を離れること(ブラマチャリア)をいう。

5:正命(しょうみょう)

人として恥ずかしくない生活を規律正しく営むこと。(ヤマ、ニヤマ)

6:正精進(しょうしょうじん。正しい努力)

自分に与えられた使命や目指す目的に対して、正しく励むこと。(タパス)

7:正念(しょうねん)

常に今現在の内外の状況に気づいた状態でいること。(プラティヤハーラ)

8:正定(しょうじょう)

正しい集中力を完成することである。この「正定」と「正念」によってはじめて、「正見」が得られる。(ダラナ、ディアナ、サマーディ)

考察

八正道はアシュタンガヨガの八支則とほぼ同じものと考えられる。仏教とヨガは同じインドで歴史の中で互いに影響を及ぼしあって発生、発展したことを考えると当然といえる。

釈迦の注目すべきところは、苦諦で、この世は苦しみに満ちている(一切皆苦)と喝破し、それは根絶可能なものであると悟り、教えたことだと思う。この「あなたの苦しみはなくすことができる」という呼びかけは当時の人々の心に響いたと思う。

ヨガの最終目的は梵我一如を悟こととされるが、ではなぜそれを目指して修業をするのかという理由を釈迦はあらゆる苦を滅するためだとわかりやすく説いたのである。

ヨガを釈迦と比べたときに注意したいのは、釈迦が八正道における道徳規範(八支則のヤマ、ニヤマ)に重きを置いているのに比べ、ヨガはアサナ、プラナヤマ、ムドラ、バンダの存在など、肉体の動きと精神の切っても切れない関係に釈迦よりも強く注目している点である。

八正道を実践すれば四諦を悟ることができると言われても、その実践じたいが難しいと考える人がいるはずだ。八正道を実践するために心を操作するのが困難ならば、では体をまず操作することにより心のありように影響を与え、心のコントロールをしやすくしようという考え方である。この考え方は後の仏教に瑜伽行や密教におけるマントラや印という形で影響を与えた。